ライト(10)生きる仕事

 辻「いや、全員出勤されては却って困ります(笑)。家のない人は庁舎に宿泊勤務で、家のある人は在宅勤務ということで、自由に選んでもらえばいいわけですよ。」
 湯「確かに、適切な公的介護施設がないためにやむをえず在宅介護をしている場合とか、ま、保育施設なんかでも同じですが、そういう場合は、いってみれば介護福祉士や保育士の仕事を、家でしているといえますね。」
 辻「例えば介護のために会社をやめる人なんかは、在宅公務員に転職した、ということにすればいいんです。」
 湯「でも、一人暮らしのお年寄りなんかはどうですかね。自己介護士とか(笑)。」
 辻「いや、そういう無理な解釈しなくても。例えば介護されている病人でも一人暮らしの人も誰でも、生きていれば何か<仕事>しているんです。「子供は遊ぶのが仕事」っていうでしょう。「病人は寝ているのが仕事」、でいいじゃないですか。何でも仕事。」
 湯「子供や病人はいいとしても、誰でも何でも、というのはまずいでしょう。朝から酔っぱらっているのが俺の仕事だ、というような人もいますから。」
 辻「いいじゃないですか。それでも(笑)。」
 湯「えっ、いいんですか。それは無茶でしょう。」
 辻「例えば、引きこもって一日中落書きしている人がいたとします。ところが、どこかの画商が目を付けて高額で売り出したとたんに、紙くずが高価な商品になり、落書きが画家の仕事と認められる。でも、その<仕事>は前からしてたんです。だから、落書きも仕事。」
 湯「じゃ、酔っぱらいパフォーマンスという仕事とか、ぐーたら座禅の仕事とか・・?(笑)」
 辻「泥棒とか、人に迷惑をかけちゃいけませんが。そうでなきゃ、やりたいことをして暮らしてゆく権利を互いに認める・・・」
 湯「それは、永遠の未来に掲げておくべき究極の理想社会かもしれませんけどね。でもそんな幻想を現実の政策次元に持ち込んじゃだめですよ。少なくとも当分は、働ける者は働いて、でも働けない者にはちゃんとセーフティーがある、という社会を目指して議論しないと。」
 辻「ま、そうですけどね。でも、そうなると、<働く>とか<仕事する>というのは、現にある社会システムをそのまま前提にした言葉になるでしょ。自分が儲けるか人に儲けさせるか、いずれにしても金儲けシステムに役立つことだけが仕事。で、セーフティというのは、そういうシステムから落ちこぼれた者を何とかすることで。」