誰かが貧しくなる

 広島電鉄労組については、昨年から話題になっていましたが、今日の新聞でも佐古委員長が大きく取り上げられています(朝日be)。失礼ながら、本当にいい顔をされています。
 本来リストラという言葉は、再編、立て直しという意味にすぎませんが、今その言葉は、ほとんどの場合、企業が、馘首や雇用契約の打ち切り、そして派遣社員など非正規従業員の比率増といった、人件費削減を断行するという意味で使われます。厳しい経済状況の下、そのような意味でのリストラを断固実行する経営者が、株主からはもちろん、世間的にも高い評価を受けるのです。一方、このような厳しい状況に直面して、労働組合の側では、社員である組合員の雇用を守り賃下げを防ぐことが最大の課題となります。非正規社員の雇用条件の改善などに、本気で取り組む組合はほとんどありません。ましてや、「非正規社員を全員正社員に」、それも「正社員の給料を削ってでも」、という方針を打ち出した組合などは、少なくともある程度以上に規模の大きな企業では、おそらく皆無でしょう。広島電鉄労働組合を除いては。
 もちろん、そんな方針は、正社員から反対されます。既得権を守ることこそ組合の任務だろうと。しかし、佐古委員長らはねばり強く仲間を説得し、最終的には、段階的な給与引き下げという痛みを引き受けることを、正社員に同意してもらいます。職場に待遇の違う者、立場の違う者がいることは、何より大事な仲間どうしの信頼を損なう、そういう職場にしてはいけない、というのが委員長らの信念だったのです。そして、経営者側にも、職場の志気もあがり生産性が上昇する筈だと説得して、人件費総額の増加を伴う全社員の正社員化を認めさせます。こうして、実際、広島電鉄では経営が上昇に転じたのだということです。
 さて、これは、企業内に存在した格差を是正したという話ともいえます。多分、この話に対しては、ほとんどの人が賞賛の声を送るでしょう。多少の問題を感じる人も、もしうまくゆけばと、少なくとも是認はするでしょう。もちろん私も、佐古委員長と組合に、大いに敬意を抱きます。で、大方の人の賞賛や敬意は、多分、「正社員が痛みを引き受けても」、というところから来るのではないでしょうか。
 前述のように、この不況期に、多くの企業では、業績立て直しを最大課題とし、一方では有能(とされる)経営陣を超高給で招き、有能(とされる)上級社員を高給でヘッドハンティングし、他方では余剰(とされる)従業員を冷酷に切り捨て、あるいは効率的な(とされる)雇用形態に変えてゆきます。こうして、一方の高額所得者と、他方の失業者、非正規従業員などの間には、すごい格差が生み出されます。多くの企業でこういう格差拡大による業績立て直しが行われると、当然、社会不安が増し、様々な社会的コストも上昇します。それだけに、格差拡大によってではなく、逆に格差是正によって、業績を立て直した広島電鉄の例に、多くの人は救いを見るわけです。
 もちろんこれはひとつの企業の話であって、スケールの違う場面に単純展開することはできません。しかし、それを承知の上で、敢えてここで、単純図式化してみましょう。
 雇用リストラを断行すれば→格差拡大が起こるが→企業の業績はUPし→収益が増加して→やがては従業員の待遇引き上げも可能となる、というのが、多くの企業の経営努力だとします。そういえば、お隣の大国は、市場経済を促進すれば→激しい国内格差拡大が起こるが→国の経済が驚異的に成長し→GDPが増加して→やがては国民みんなが豊かになる、という国家戦略(国内経済戦略)をとっておられるように見受けられます。いや、あくまで強引な単純図式ですので、当たっていないかもしれませんが。もうひとつ強引にいえば、コイズミタケナカ戦略も似た図式ですね。
 そこで、もうひとつ。もっと無茶に図式を拡げます。先日の地震ですごい被害を出したハイチは、世界の最貧国といわれています。もちろん、いうまでもなく(と重ねますが)、かの国の人々の責任ではなく、旧植民地として収奪されつくし、また独立後もアメリカの戦略によって、先ず大規模生産の安いアメリカ産食糧を買わされて国内農業を壊滅させられ、次いで投機で作られた食糧危機による物凄い食糧値上げを押しつけられたこと、などによるのですが。それはともかく、南と北、先進国と途上国の間には、実にものすごい格差が存在します。
 私たちは広島電鉄労組に大いに賞賛と敬意を送ります。仲間と信頼しあえるような職場が何より大事だと考えて、給料が下がっても格差是正をしようとしたのは、ほんとうにすごいな、と。
 南北問題でいえば、日本人は、とびきり高給取りの正社員であるわけです。