ヤッターマンもホンモノ志向?

 ドロンジョを追って中国らしい国に来ているヤッターマンが、出会った少年に連れられて行くと、そこはダンボールで何でも作ってしまう工房です。見事な出来映えに驚くヤッターマンに、少年は、「レプリカといってよね」と自慢しますが、ヤッターマンはお説教します。「でも、例えばこのメカロボだって、一から苦労してプロジェクトXしたものなんだよ」。
 一方、ホンモノの悟空の頭輪を探しに来たドロンジョの前にも、高価お買上を狙ってニセモノの悟空がぞろぞろ現れ、困ったドロンジョは、彼らを壺メカに吸い取らせます。
 そこへ駆けつけたヤッターマン。ところが、彼らもまた、メカロボもろとも、壺メカに吸い取られ、ドロンジョが勝利の高笑い。
 と思ったら、吸い取られたのは例の工房で作られたレプリカで、それからお決まりのメカロボ対決となって、勝負はもちろん決まっています。
 「ありがとう。見事なレプリカのおかげだね」
 「でも、やっつけたのはホンモノのヤッターワン。ホンモノはすごいなあ。やっぱり、一からホンモノを作るよ」。
 「すごい腕をもっているんだからね。やればきっとできるよ」。
 「うん」。
 「4年に一度のすごい大会も成功するといいね」。
といって、ヤッターワンは、ドロンジョたちのお仕置きをよそに去ってゆきます。
 去年何度か駄文を書きましたが(→07/5/117/167/20)、全編パロディつまり良い意味のパクリでできているヤッターマンが、パクリはいかんとお説教するのがミソです(^_^;)。おそらく、「パロディ」はいいが「そっくり」はいかん、ということなのでしょう。
 最近はしかし、事故をおそれて、博物館の展示物もレプリカにする傾向が拡がっているようで、そういうのは、ダンボールでなくても、精巧な「そっくり」複製品です。つまり、「そっくり」がいかんのじゃなくて、表示なしの「そっくり」がいかん、というわけでしょうね。
 面白いのは、そういった展示物の場合、『レプリカ』という表示が、たいていあまり目立たないところにあることです。キャプション・カードの一隅とか。おそらく、学芸員の方々のご苦労があるのでしょう。できるだけ精巧なレプリカを展示して、博物館に来られた方々に、まるでホンモノを見たような体験をさせてあげたい。でも、来られた方々をだましてはいけない。・・・・・そういう葛藤の現れなのでしょうね。ご苦労様なことです。
 しかし一方、訪れた観客の方は、「レプリカ」の表示に少しがっかりし、目当ての物を見たような見ていないような、中途半端な気持ちで帰ることになるのはやむをえません。
 どうでしょうか。いっそそんな表示をなくして、すっきりだましてあげるサービスというのは(^_^;)。
 第一、ホンモノを見た体験というのは、どういうことでしょうか。「あー、これがあの時代のあれか。いやあ、すごいなあ・・・」と感激し、その余韻のさめぬまま、ふと横のカードに「レプリカ」という表示を見つけてしまった・・・・・という場合、その人は、いったん「すごいなあ」というホンモノ感激体験をし、その後で「え?レプリカか」という落胆修正体験をする、ということではないでしょうか。
 どうせ見分けの付かない私のような者には、そっくり精巧なら表示はカットしてくれてもいいですがね。
 いやいや、もちろん冗談です(^_^;)。話が全くまずい方に流れてゆきました。またも発覚した食品疑似表示はいけません。どうせ見分けの付かない私のような者でも、食品表示はきちんとして頂きたい。疑似表示なんてことは断じて許せません。・・・・・やっぱり博物館も、「レプリカ」表示が必要ですね。