プロは怖いがモンスターも怖い

 ただ通販雑誌をみているだけでも、テレビのCMをみているだけでも、欲しくもないのについ買ってしまったりするのが、普通の人の感覚です。ましてや、テレビ通販のカリスマ宣伝員のような「プロ」から直に話しかけられれば、買わない買わないと心に決めているような人でも、先ずたいてい買ってしまうことになるでしょう。更にましてや、路上からどこかの一室に連れ込まれ閉じこめられて、帰るに帰れず、プロ宣伝員からしつこく巧みに強く勧誘されれば、それでもあくまで買わないとがんばれる人は、ごくごく少ないに違いありません。・・・というようなことは、普通の人は、自分を振り返ってよく知っています。
 ところが、警察署の一室に連れ込まれ閉じこめられて、夜も帰してもらえず、入れ替わり立ち替わり何日も何日も、プロの刑事からしつこく巧みに強く誘導され強迫されても、それでも自分がやっていないのに自白するなんてことは、それはないだろう・・・と、不思議なことに、普通の人は大抵思っています。
 そのような普通の人たちが、今月から裁判員になるのです。
 起訴有罪率99%以上という裁判所は、警察に遠慮して、取り調べの全過程をビデオ記録化するという簡単なこともできません、しようとしません。司法を「一般市民に開く」といいながら、警察プロが密室で「取り調べ」をして作った自白調書などをもとに、裁判プロが前もって密室で「打ち合わせ」をし、でもって、最後のところだけ徴兵した一般市民に投票させる、という茶番制度。プロは怖いですよ。
 で、そんな茶番に参加させられるのは嫌だということで、封書が届いてもこうすれば逃れられる、というノウハウ本も巷にはあるようですが、立ち読みしてみても、徴兵逃れと同じで、実際には、赤紙逃れはかなり難しいみたいです。
 しかし、裏返せば、そこがオカミにとっての大きな弱点ではないでしょうか。
 ご承知のように、本番前に通知がきて呼び出され、参加は困るという事情があれば、一応聞いてはくれるようです。では、理由をいえば逃れられるのでしょうか。
 「仕事が残っていて」とか「ちょうど旅行の予定で」とか、そんなことをいえば外してくれるのならことは大変簡単なのですが、実際は、生半可な理由じゃダメなようです。
 では、例えば、こんなことをいったらどうでしょうか。「私は罪を憎んで人を憎まず。どんな人にも裁判無用」とか、「俺は警察を信じてるからみんな有罪だ」とか、「私は裁判員制度に反対なので無言で通します」とか。仮に、そういうようなことをいう機会が与えられ、いえば免除になる、というのなら、これまたことは大変簡単なのですが、でも、テキの建前は「アトランダム」ということで、どうもそんな言い訳をいう機会はないか、またはいってもダメなようです。
 もし、(余人に替わってもらえない用のある人でなくとも)例えば無茶なことをいう人なら外す、ということなら、逃れたい人は無茶なことをいえばよいわけです。でも、そういう逃れ方を許さない、というんでしょうね。となると、オカミのお望み通り、実にいろんな人が選ばれるでしょう。
 「この間の新聞に出てた人、可哀想じゃねえか、有罪にされて10何年。ところがどっこい冤罪だったってんだろ。プロが何年もかかって出した判決でも間違えるってのに、オレたちド素人がたった3日で、間違えないわけねえやな。そうだろ。するってえと、オレたちのやることはひとつ。仮に、オレらがこの被告を有罪にして、でもって何年かしてから、実は無実でしたなんてえことになると、オレたちは当然すごく恨まれる。じゃ、ホントに犯人だったら恨まれねえかってえと、強盗するような凶悪な奴なんだから、自分が悪くたって、有罪にしたオレたちを恨んで、出所後にお礼参りに来るかもしんねえ。だろ。え、どうする。何年も、ビクビクして暮らさなくやなんねえぜ。だから、オレたちのやることはひとつしかないだろ。犯人であろうとなかろうと、そんなことは知ったこっちゃない。被告を有罪にすると、どっちにしても恨まれるんだから、とにかく無罪にしちゃおう。それしかしないぜ。プロの裁判官は、好きでやってるんだから、信念ももってるんだろう。の上、一生高給取りだわさ。でもオレたちは、無理にやらされたんだからな。とにかく、自分の身が大事。いや自分だけじゃない。お礼参りで娘や孫が狙われたらどうする。え? 証拠とか何とか、んなことはどうでもいいだろ、無駄なことはやめろやめろ。オレらの損得を考えようぜ。有罪にして恨まれるより、被告は無罪、それしかないだろ。何いってんだ。とにかく無罪。無罪にしろ、無罪、無罪、ムザイ、ムザイ・・」
 「字読んだら、ワシ頭痛なるねん。そやから何も読んでへんけどな。とにかく警察が、こいつが阪神やいや犯人やいうて、捕まえたんやろ。ほんなら犯人でええやないか。え?弁護士のいうたこと? あほ。あいつらは、あれが商売や。あんなもん無視したらええんや。何やて。何まだごちゃごちゃいうとんねん。ワシ忙しんや。怒るでほんまに。やめいいうてるやないか。・・・何?、ワシのいうこと聞けんちゅうんか。おう、ええ根性してるやないか。」
 いまの時代、どこにもかしこにも、モンスターがいるわけです。変なことや無茶なことをいう者は外してくれるのなら、変なことか無茶なことをいえばいいし、変なことや無茶なことをいっても外されないのなら、そのうちいずれ、変なことや無茶なことをいう「モンスター裁判員」にかき回されて、学級崩壊ならぬ裁判崩壊になる例が、きっと出るでしょう。
 多分ここに、テキの弱点があります。
 見物だ、などといっていていいのかどうか。