1897年-13:金色の夜叉

 しかし、復讐心だけでは、黒鉄の船は造れない。全国に鉄道の網目を伸ばしつつ、巨大な製鉄所を建設し、その上軍艦や大砲を増強する・・・財政支出が急増しつつあった。というか、それが可能になっていた。
 何よりも、清国からもぎ取った、約3億5,600万円という巨額の賠償金があった。賠償金を背景に財政支出が拡大し、それによる需要増が乗数的に景気を押し上げ、日銀正貨準備の増大で金本位制に復帰することで、金融面に生まれた信用の厚みがさらに経済活動を刺激し、企業活動の活性化が利潤増加をもたらすと、産業活動に財政の基盤を求める税制改革が進められ、確保された財源が強気の支出をうながし・・・というように、万事が廻ってゆくようにみえた。ちなみに、酒の私造が禁じられ酒に税金がかかるようになったのも、その一環である。
 景気よくカネが廻る世の中。軍艦マーチの調子のよさは、その時代風潮の表れだ、といえばこじつけになるが。
 だが、カネは、夜叉でもある。
 その年、1897(明治30)年の1月から、読売新聞に連載が始まった小説があった。尾崎紅葉金色夜叉」である。翌年11月から蘇峰の 国民新聞ではじまった蘆花「不如帰」の武夫・浪子と並んで、貫一・宮の物語は大評判となる。いまさら詳しく紹介する必要はないが、カネの力で許婚の宮を富山に奪われた学生間貫一が、カネの夜叉となって、カネに目が眩んだ宮や社会に復讐しようとする物語である。