誰何する灯

 人通りのない夜の住宅地を歩く。
 所々で侘びしく道を照らす街灯と、玄関の灯りが頼りである。
 街灯は、もちろん防犯灯と呼ばれる機能ももつが、しかし普段は、町内を行く人々の足下を照らすためにある。そして家々の玄関灯は、帰宅する家人を迎え、時には訪問者を玄関先に案内してくれる。
 ところが、昨今は様子が違う。
 例えば今日も、近所から帰る途中、よくある新興住宅地を通ったのだが、歩く先々で、突如眩い灯りが点き、そしてまた消える。センサー付きの外灯が、そこここに仕掛けられているのである。
 センサーで点灯する外灯は、歩く私のために、省エネで行く先々の道を照らしてくれるのではない。光に照らし出されるのは、道ではなくて、玄関やガレージや庭である。つまりそれは、近づく私を驚かせ姿を浮かび上がらせるために、突如眩しく光るのである。
 いまの時代、私は、街の灯に案内され護られて歩くのではない。次々と誰何されつつ通してもらうのである。