人を殺せば殺人狂です

 (眠い目で書いた昨日の文を書き直して、さて、続きです)
 殺害時と切断時の精神状態に差があったのかどうか、それが問題なのですが、現在ならぬ過去の、しかも連続する両時点それぞれの精神状態を区別して推測する材料としては、基本的に殺害と切断という行動の違いしかない、少なくともそれが最大の材料でしょう。
 もしそうだとすれば、何のことはない。損耗とか喪失とか解離とかややこしい用語を使っていますが、平たくいえば、殺害時には殺害するような精神状態にあり、切断時には切断するような精神状態にあった、といっているにすぎません。
 あ〜〜ア、・・・・・人の身体は形が見えます。手足胴体触れればわかるよ。五臓六腑も解剖(ひら)けば見えます。打診、聴診、X光線、ピルケ反応、血液検査と。数をつくした診察道具じゃ。・・・・・これに引き換え神様とても、人の心は診察できない・・・・・チャカポコ、チャカポコ・・・・・。
 あ〜〜ア、・・・・・人の心は診察できない。たといいかなる名医じゃとても。人の精神、心の狂いの。どこの脈見て、どの舌出させて、・・・・・レントゲンでも透かして見えない。声も聞こえず姿も見えない。・・・・・
 あ〜〜ア、九尺二間に雨戸が二枚じゃ。ましていわんや朝から晩まで、走馬燈籠(まわりどうろ)か百色眼鏡か、猫の眼玉じゃ七面鳥じゃと。泣いて笑いつクルクルチラチラ。千変万化の秘術をつくす。人の心のその正体が。どんな姿の形のものやら、それがどうして狂うたものやら、酒屋の半七さんではないが。どこにどうしてござろうものやら。ただの一つも解っていませぬ。それが証拠は何より眼の前。今の精神病科の書物に。並び並んだ病気の名前じゃ。・・・・・色気(いろけ)狂いが色情狂だよ。人を殺せば殺人狂です。舞踏狂なら踊りを踊るの。放火狂なら放火をするのと。・・・・・医者でなくとも誰でも付けます。怒り上戸やアノ泣き上戸。笑い上戸に後引き上戸。梯子上戸と世間の人が。酔うた姿を見かけの通りに。名前つけるとおんなじ流儀じゃ。これで診察できるが奇妙じゃ・・・・・チャカポコ、チャカポコ、チャカポコ。

 ご存じ夢野久作ドグラ・マグラ』です。
 あ〜〜ア、損耗衰弱喪失解離と、難解用語はいろいろあります。それでも心の見立ての仕方は、今も昔もチットモ変わらぬ。人を殺して遺体を切断、その間僅かな連続犯行。それでもそれぞれ精神状態、違いをいえといわれるならば。殺した時には殺人狂です。切断時には切断狂です。・・・・・チャカポコ、チャカポコ
 (続く)