空気枕の思い出

 先日、かなり大きな市の職員に聞いたのですが、今年から、海外出張する際には格安チケット以外は使用禁止となり、市長もエコノミークラスに乗ることになったということです。
 それはそれで結構な昨今の風潮ですが、もちろん一方、飛行機に乗るときは当然いつもファーストクラス、という人たちも世の中にはいるわけで、そういう人たちはどこにどうしているのでしょうか。そういえば先日、確かどこかの会社の部長か何かをしている紳士が、だから普通に考えれば立派に「ビジネスマン」だと思うのですが、「この前、ダブルブッキングの振り替えで、はじめてビジネスクラスというものに乗せてもらいましたよ」とわざわざ喜んでいました。
 もちろん、エコノミーであろうと何であろうと、「海外旅行に行く家族でゴールデンウィークの空港がにぎわっています」という全く無縁なテレビニュースを見ながら、夕食のカップラーメンをすする人たちも大勢いるわけで、ともかく、飛行機ひとつをとってみても、「クラス」(日本語に訳せば「階級」)というものが厳然としてある世の中です。などと書くのも恥ずかしい位ですが。
 以前、ひとりで国際線に乗ったとき、3人席の通路側をとったのですが、あとの二人のオバチャン差別用語?親愛用語?)が旅慣れた様子で、というか観光バスのノリで、早速みかんや飴を取り出し、身を乗り出して別の席の仲間に配ったりしていました。で、その二人がたまたま取り出したポンプ付きの空気枕の使い方にとまどっていたので空気を入れてあげたところ、私にまでみかんや飴をくれましたので、ちょっと尋ねてみました。
 「団体旅行ですか」
 「そうなんですよ。会社で、毎年1回、海外へ慰安旅行に連れて行ってくれるんです。」
 「そうなんですか。いいですね。」
 「社長も専務も、会社の者全員で行くんです。」
 そこにもうひとりのオバチャンも身を乗り出して、少し声が小さくなりました。
 「後ろにいるカップルが社長と専務ですよ。」
 「あ、そうなんですか。」
 「専務は社長の愛人なんですヨ。」
 なるほど、口止め料の意味もある社員サービス行事なのかもしれません。が、社長夫人には申し訳けないながら、ともかく、会社ぐるみ、家族旅行のような雰囲気でした。 
 しかし、その後の厳しい時代の波を受けて、あの会社のオバチャン社員たちはいまも年1回の楽しい海外旅行を続けられているのかどうか、空気枕はしぼんだままになってはいないかどうか、人ごとながら心配になる今日この頃です。
 もしかすると、愛人を専務にしているようなユルい社長は行き詰まり、経営コンサルタントなる人物に叱られているかもしれません。「だいたい、おたくのような<みんなで一緒に>的な<ぬるま湯>企業体質こそが日本経済をダメにしたんですよ。社員で海外旅行に行く金があるなら設備投資や開発費にまわしなさい。サービスが必要な社員なんか首にして派遣かパートで置き換えなさい。」
 そういえばあの頃、「会社は従業員のためにあるなどというのは本末転倒のたわ言です。もちろん、会社は株主のためにこそあるんです」、というようなことをいう人たちがテレビによく出ていましたが、あとで捕まるまでは、みなさん拍手しましたよね。そして、家族的経営、終身雇用、一億総中流、護送船団、などなどといった<ぬるま湯>言葉に対して、マスコミと一緒になって批判非難誹謗中傷をぶつけ、「俺がぶっつぶす」という首相に大喝采したのでした。
 「競争こそが活力を生む。活力ある社会とは競争社会だ。もちろん競争社会とは当然格差社会でもある。勝者の栄光と敗者の惨めさが明白な社会でこそ、競争への闘争心がわくのだ。」・・・・・
 ♪♪・・・てなこといわれて、ソノ気になって〜♪♪(植木等)・・・いえ、笑い事ではありません。