殺人とダイヤと心臓と(2)

 「どうでしょうか、いいチャンスだと思いますけどねえ〜。いえもちろん、まだ気になることがあるなら、何でも聞いてください。急にいわれて無理に決めさせられたって・・・そんな気持ちにさせちゃ申し訳ないですからね。あなたにとって、すごくいいことだと思うからこそ、こうやってお勧めしてるんですから」。
 「・・・いい物だということは、よく分かりましたけど。でも、こんなの、私なんかにはとっても」。「やっぱ、そうですよね〜。いいと分かってもね。急にいわれてすぐ決心するってことは、なかなかできませんよね〜。分かりますよ〜」。あなたは、分かってもらえたかと、ホッとします。これで解放されるだろうか。「休日なんか、何してるんですか」。あ、雑談になった、よかった。「・・・友だちと、映画見たり」。「美味しい物食べたり?」。「ええ、まあ」。「結構お小遣いなんかも、ゆとりあるんですね」。「いえ、服なんかも買うから、お金は全然足りないんです」。「やっぱりね〜。お洋服って結構かかりますもんね。さっきから思ってたんですけど、そのジャケット、とってもいいですね」。「そうですかあ」。「っていうか、スカートとも合ってるし、トータルファッションっていうの?とってもおされ。声かけさせてもらった時から、センスある人だな〜って思ってたんですよ、私」。「そんなことないですけど」。「私なんかセンスないからダメなんですよ〜。・・・あなたみたいにセンスあったら、ショッピングなんかも楽しいでしょうね」。「ええ、まあ」。「でも、ショッピングって、ついお金使っちゃうのよね〜」。「だから私、お金ないんです」。「分かります分かります。でもねえ。う〜ん、やっぱりね〜、あなたのようなセンスのある人に、つけて貰いたいなあ。お洋服もそうですけど、こういう物もね、はっきりいってセンスのない人には勿体ないんですよ。やっぱ、あなたみたいにセンスのある方が付けられるとね、何倍にも映えるんですよ」。あ、またか。「ですから、お金が」。「・・・分かりました。ちょっと待っててね」。カーテンの向こうへ行ったけど、帰っちゃおうか、「あ、ちょっと、喜んでください。いまね、主任にお願いしてみたんですよ。これね、あなたみたいなセンスのある方に是非つけて頂きたいからって。それで、普通はダメなんですけど、この数字、こうしてもらいました。すごいでしょ」。「でも、私には払えません」。「もちろんですよ。だからね、これ、この数字でこう割るでしょう。そしたら、ホラね、僅か毎月3万円5千円。何でしたら、これをこう変えると、3万円切りますよ〜。ね、映画とかグルメとかショッピングとか、いま使ってる毎月のお金からみると、何とかなりそうな金額じゃない? お洋服代をちょっとだけ控えめにしてもらえば大丈夫。・・・やっぱ、これ、あなたみたいなセンスある人に、どうしても付けてもらいたいなあ〜」。
 ・・・いやいや、もちろんこれは、見てきたようなウソです(^o^)。本物のプロは、もっと何倍もうまいでしょう。
 「だから行ってません」。「記憶にないっていうんですか」。「私はそんなとこ行ってませんよ」。「まあ、3ヶ月も前のことですからね〜。当然ですよ。人間の記憶なんてあてにならないですからね」。「いえ、ほんとに記憶にないんです。行ってません」。「記憶にない、ということですね。行ったかどうか記憶にない、忘れた、と」。「いえ、忘れたんじゃなく、行ってないんです」。「記憶がないんでしょ。行ってないという記憶はあるんですか。それじゃおかしいでしょ。行ったというとこも行ってないということも、記憶にないんでしょ。行ったか行ってないか記憶にない、行ったかもしれないけど忘れた、ということですね」。
 あなたはじりじりと追いつめられてゆきます。