貧民となるか失業するか

 イギリスでも日本でもその他の国でも、かつて貧民があふれた時代をもっている。
 一方の側に、大量のカネを高い利潤率で拡大投資回転させる富裕な新興起業家層と、他方の側に、劣悪な条件下で長時間低賃金で働く他に選択肢がない大量の貧しい労働者予備群が、歴史的に創り出される。
 ある場合には、旧い社会システムを壊して生まれた危機権力が、非常に強い支配権をもって、新興富裕層の資金と貧民群を短期間で社会的に創り出し、前者とつるんで権力基盤を固める一方で、貧民の側に当然沸騰しようとする暴動エネルギーを強圧的に押さえ込む。そして、カネと貧民群をダイナミックに出会わせることで、驚異的な経済成長を実現する。
 その際、大量生産される商品の販路は国内の貧民ではなく外国市場である。国内的な、そして外国の労働者との間の猛烈な社会格差は、むしろ成長に不可欠なバネとして保存される。自らの手で作ったモノを買うことができない貧しい労働者群が、国際競争力をもった商品生産を可能にし、猛烈な成長を支える。少なくとも一定期間は。
 で、隣に負けないように、こちらでも再び貧民を大量に作り出して、企業の国際競争力を回復しようとした、そのたくらみはバレはしたのだが・・・・・