3種類

 で、いくつ話すか、ということなんですが、いつものようにいい加減かつ怠惰なので、調べたりはしませんが、確か国連のどこか、多分ユネスコのどこかなんでしょうが、「言語多様性の危機」は「文化多様性の危機」であるという共通認識に立って、放置しておいてはまずい、ということになったように聞いています。もっとも、ではどうするか、ということになったのかは覚えていませんが、確かそこでも、3という数字が出ていたようです。
 つまり、一方では、少数言語を消滅させない、大事にする、ということなんですが、博物館や図書館で保存できるのは、死んだことばの記録でしかありませんので、どうしても、そのことばを使う集団そのものの消滅を防ぐ、ということになります。といっても、そんなことは難しいのですが、少なくとも、現にあることばを母語とする集団では、その母語を使い続けてもらいたい。
 他方、何といっても国連なのですから、グローバルな視点も欠かせません。で、国連の公用語など、国際的な場で使用することばも、それはそれとして大事だ、ということになります。そして、もう一つは、もちろん国連の単位である「国」のことばとなるでしょう。もっとも、最後の「国」語は、簡単ではありません。生活集団母語が複数どころかやたら多いインドのような国もありますので、そこに公用語ないし共通語ないし標準語をひとつ、というわけにはなかなかゆきません。
 しかし、ま、おおまかにいえば、それぞれの生活母語(ぼご)、ひとつないし複数の国語(くにご)、そしていくつかの国際語、という3つです。
 ただ、それが難しい。