単純なお話

 『世界がもし100人の村だったら』という本があります。この本でも他でも、池田香代子氏の書かれるものは考えさせられますが、ここではそれとは全く無関係に、「100人の村」という設定だけをお借りします。
 さて、その村はどこかの島にあって、まとまって生活していることにします。村人たちは、自分たちの生活を維持してゆくために、毎日みんなで、いろんなことをしているのですが、話を簡単にするために食料調達作業だけに限ると、海や浜での作業が50%、野や山が50%、という割合になっていて、仮にそれで需給のバランスがとれているとします。大事なことですが、それら食料調達は日々の楽しい作業であって、例えばハマちゃん海釣り気分で海に出たり、また次の日はキノコ狩り気分で山に入ったりして、楽しく仲良く暮らしているわけです。
 しかしあるとき誰かが、「海は苦手だし、毎日山がいいなあ」といい出し、そこからみんな、それぞれ「じゃ毎日海に出るよ、野草を摘むわ・・・・・」、というような話になったとします。こうして、村全体がいわゆる分業で食糧を調達するようになると、効率が上がって、昔より豊かに食べられることになります。
 ただし、問題はその比率です。みんなが自由に選んでやりたいことをしても、例えば海に出る人と山や野に行く人の比率が前と同じなら問題ありません。もちろん、海と山とどちらの仕事が大変かというようなことはありません。みんな好きで選んだのですから、面白くて日暮れまでやりますし、もち帰ったものは、これはうまいぞさあ食ってくれ、てな調子で、村の広場にそれぞれ並べて、みんなで食べたり分けたりします。
 ところが、たとえ僅か100人の村でも、それぞれやりたいことをして、しかも村全体でバランスがとれる、というように都合良くゆくわけはないでしょう。こうして、「好きなことをしたい」といい出した蛇の林檎がパンドラの箱で、貧しいながらみんなで楽しく遊んで暮らしていた楽園が崩れ、村の広場では、先ず魚がなくなって一方きのこが翌日まで残る、というようなことが起こります。
 さて、どうするか。(続)