終わりに

 (承前)ということで元に戻って、いわずもがなの蛇足で終わります。今回、半藤、保阪氏の対談本に、おそらく両氏の眉を顰めさせるであろうアラカン竹中コンビの引用を対置したことになりましたが、それは決して、畢生の仕事に取り組んで来られた両大家や、当該対談本にケチをつけることが目的だったのではありません。最後に、同書(→『昭和の名将と愚将』)の集約として、終わり近くで取り上げられている、特攻隊に関する部分を引用させて頂き、アラカン竹中『鞍馬天狗のおじさんは』と共に、この本もお薦めして終わらせて頂きます。
 保坂 「特攻作戦というのはきれいごとにされて、大事なことがだいぶ隠されてしまいました。特攻について語られるべきエピソードが、ある種、恥部のようになってしまった。知っているのにディテールを話さない。きれいな話にしておく。ナショナリズムの問題と関係があると思うのですが、そういうことがずっと続きましたよね。
 半藤 「いまでもあります。いまだって、「特攻は犬死にだった」なんて言うと、怒られてしまうような空気がありますよ。
 保阪 「小泉純一郎みたいに、知覧へいって感動して泣かなきゃいけない、という空気がたしかにまだありますね。特攻の遺書を読めば僕も泣けてきますけれど、そういう日本人の情感に触れるようなところで、ごまかされているということがあります。特攻はむしろ戦略、戦術の問題として、問われなくてはいけないのに。
 半藤 「そうです。組織が非情にもそういうことを計画して、九死に一生じゃなくて十死にゼロ生の作戦を遂行したと。責任のとれないことを命令したと。本当は、このことはもっともっと問われなくてはならないのです。〜(中略)
 半藤 「「特攻」に対する考察がし尽くされないままなら、日本人は軍隊なんかつくっちゃいかんと思いますよ。
 保阪 「そうだと思います。これをきちんと総括できないと、それこそ「特攻」で死んだ人たちに申し開きができません。〜