12 居酒屋にて

 「せっかく四球でチャンスが拡がったのに、初球の難しい球を打ってWプレー」「彼は気が短いのが短所だね」「粘っていれば、甘い球も来た筈だのに」「あそこで点を取れなかったのが大きいね」「打つ方も打つ方だけどね。絶対の抑えがいないから、いつも終盤の不安が大きいんだよ。それが打者にも影響する」「それにしても、この一敗は痛いね」「これで優勝は遠のいたなあ」「この弱体チームで逆転優勝となれば、喜びはより大きいだろうけど」「その可能性は小さいね」
 「隣の話は、実にひどいじゃないか」「え? そうですか」「大きい、小さい、短い、拡がる、遠のく、全部空間表現で、しかも使い方が無茶苦茶だ。点を取られたのが大きいとは、何がどう大きいんだ。不安や喜びのような内的な感情にまで、どうして大きいなんていう拡がりの表現を使うんだ」「そういえば甘い、痛いも感覚の話じゃないですね」「全くの若い連中はどうなっているのかね」
 「オレ? オレは町田にいるんだよ。去年引っ越して。ア、失礼、電話だ。モシモシ、新宿にいるんだ。来いよ。いや、始まった所だよ。30分位前から。そう、例の居酒屋。じゃ後でな」「30分はないだろう。もう8時だぜ」「あ、そうだな。仕事中と違って飲み会じゃ時間の進むのが早いね」「ほんとだな〜。しかし、こんなに楽しく飲んでられるのはだけだぜ。あと10年もしてみろ、会社じゃ中間管理職、家じゃ嫁も子供も待っている」
 「町田にいるっていってすぐ新宿にいるっていったの、面白いですね。それに始まった所で30分前ってのも」「それより君、彼らは、現在は瞬間的な点ではなく、時間は等質ではない、という私の時間論の神髄を理解しておる。私の本の読者に違いない。サインしてやろう」「いえ、先生、きっとそれは違いますよ」(続く)