覗き魔時代(5)

 「うろうろしてるったって、誰かの家を尋ねてきた人かも知れねえじゃねえか。先ず、「どこかの家をお探しですか」と声をかけるのが人情ってもんだろ。声もかけねえで警察に通報するなんて、嫌な時代になったもんだ」。
 「おじさん、それは時代が古すぎますよ」。
 「何が時代だ。人情ってもんに時代があってたまるかい」。
 「そんなこといったって、近づくと、いきなり刃物を出したり・・」。
 「ったく情けねえな。刃物が怖くて魚がおろせるかってんだ」。
 「今は切り身で売ってますよ」。
 「話にならねえな。それより何だ、おめえンちの軒先に、最近何か付けただろ。ありや、一体何なんだい」。
 「ああ、あれは、うちだけじゃないですよ。この辺りの家は結構付けますよ。監視カメラです」。
 「何するもんだい」。
 「いや、防犯のために、玄関先とか道とかをカメラで監視してるんですよ」。
 「道からひとンち(家)をカメラで撮されたくないっていいながら、家から道を撮すのかい。のぞかれるのが嫌なら、人様をのぞき撮りするのも控えるってのが筋じゃねえか」。
 「いや、だから、防犯ですからね。外から覗かれたくないのも防犯。外を監視するのも防犯。おじさんの時代と違って、物騒な世の中なんすよ」。
 「ってことは何かい、四六時中カメラで撮ったやつを居間かどっかで見てるのかい」。
 「まさか、そんなことはしませんよ。録画してるんですよ」。
 「で、そいつをどうすんでい」。
 「何もなければどんどん消してゆくだけですけどね。でも、例えば、そうですねえ・・・例えば誰か怪しい者が道でうろうろしてたりすると、警察に通報して、お巡りさんに来てもらいますよね。そん時、来てくれたお巡りさんに録画したのを見せれば、捕まえてもらえるじゃないすか」。
 「な〜る。そういう風に使おうってのかい。それならいっそ、この路地にあるカメラのケーブルを全部まとめて、交番までひっぱって行って、そこで見られるようにしとけばいいじゃねえか」。
 「そんなことしてくれないっしょ」。
 「してくれるかくれねえかは知らねえがね。とにかくしかし、怪しければすぐ通報するってことは、この路地じゃあおカミの監視の目が光ってるぞ、ここいらの住民はみんな、おカミの岡っ引きみてえなもんだぞ、ってことだろ」。
 「おじさんには敵わないなあ。そういわれちゃ身も蓋もないですけどね。とにかく、安心して暮らせるようにしたいんですよ。自分たちの路地ですからね」。
 「おカミに監視してもらって、自分たちの路地もねえもんだ。ったく、世も末だね」。
 「だから、時代が違うんですって」。
 「全くだ。そういう時代だから、ストリート何とかってのも流行るんだろ」。
 「だから、そのストリートビューをやめてもらいたいんですよ」。
 「しかし、法律違反じゃねえからな。ありゃあ交番へタレこんでも、取り締まってくれねえぜ。つまり、おカミ公認ってわけだ。さあ、どうする」。 
 「どうするって。だから、困ってるんじゃないですか」。
 「じゃ、見つけたら交番にいわねえで、俺んとこへ通報してきな。ブン殴って路地から追い出してやるから」。
 「だめですよ。そんなことしたら、おじさんが通報されて逮捕されます」。