白洲次郎という人(13)

  *W=「〜本人が元々持っていた押しの強さと原理原則(プリンシプル)を重視する性格から主張すべきところは頑強に主張し、GHQ/SCAP某要人をして「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた。」
 「この「某要人」って、誰のことでしょうねえ。それにしても大げさな表現ですねえ(笑)。でもそれを別にすれば、当たってる面はありますね。
 私たちは、できるだけ対等でフランクに応対していたつもりですけど。でも、占領という関係下では、どうしてもコンプレックス抜きでというのは難しいですからね。彼のように、プライドが高いというか、それこそオックスブリッジ的な階級意識をもって「見下ろす」視線で生きて来た人は、ストレスがあったでしょう。だから何とか逆転しようとする。自分は敗戦側だが、身分は上だとか。そういえば、あの人はほんとに日本の貴族なんですか? 日本人だが英語は上だとか、しているスイス製時計の値段が上だとか。学歴は上だとか。・・・ちょっと子供みたいですけどね(笑)。
 え? 「従順ならざる唯一の日本人」ってことですか? いやいや、日本人全体のことじゃないですよそれは。当たり前でしょう。第一政府だってね。・・・「唯一の日本人」というのは、シューレンの担当官の中で、という意味でしょ、それは。
 でも、彼は、従順ではなかったですが、かえって、ある意味やりやすかったともいえますよ。日本人的でないというかね。いや、失礼。どういえばいいか。他の日本人担当官には、表面的には「従順」でも、「慇懃な不服従」といいますかね、そういう人が多かったですから。
 例えば、これこれの調査資料を週末までに出してほしいと言ったとするでしょう。他の担当官の場合は「はい」とだけいって帰るのですが、ところが週末になっても書類が出てこない。ところが彼の場合は、最初から、「そのような資料は週末までには出せない。何故ならこれこれでこれこれだから」、というようにね。とにかく口数が多く、はっきり理由をあげるし、問題があれば指摘しましたしたから、やりやすかったですよ。
 日本的な「侍」っていうのは、どういう人をいうんでしょうね。よく分かりませんが、少なくとも私は、言葉が少なく、敗戦という立場をわきまえて慇懃丁重だけど腹では不服従という他の担当官を見て、こういうのが「サムライ」っていうのかなあ、なんて思いましたね。その点、ミスターシラスは、侍じゃなく、欧米の能弁弁護士みたいでしたよ。 
 ま、子供じみたプライドとか、押しの強さとか、そういうことで厄介なところも大いにありましたけどね。でも、「従順じゃない」というのは基本的には「慇懃な不服従」ではなかったということであって、裏返していえば、協力的だったともいえたんじゃないですか。
 それに、第一ね、シューレンっていうのは、窓口機関であって、GHQにとって、政策上の交渉相手でも何でもありませんからね。「従順」とか「従順じゃない」とかってことは、もともとありえないんです。「これこれを政府に伝えてください」といったのに担当官が反抗して伝えないなんてことがあったら、すぐに担当官を取り替えてもらいますし、内容について強い反対意見をいったりしたら、「それはあなたから聞くことではありません。あなたの仕事は、このことを正確に政府に伝え、政府の意見を私たちに正確に伝えることです」、といえば、それで終わりですからね。
 だから、彼が、え〜っと、何ですか。「主張すべきところは頑強に主張し」ですか。そういうことがあったとしても、もちろん政策的な主張ではありませんよ。「こういうことは前日までに書類で通知して頂くというのがプリンシプルだった筈です。筋を通して頂きたい」、とかね。確かに時々頑固な、融通のきかない「主張」をして困ったこともありましたが、窓口担当官としての主張ですから、もともと大した問題ではありません。
 まあ私は、個人的には、階級差別的なミスタシラスを好きではありませんでしたが、でも、大筋では協力的な、職務をよくこなした担当官だったと記憶していますよ。
 それだけのことでしてね。・・・みなさんが騒ぎすぎなんじゃないですか。