司法官僚

 軍警察が強い、と書きましたが、しかしそういうところの強さは組織の強さですから、それを動かすのは誰か、というか、それはどのようにして動くのか、ということになります。いつも古い話で恐縮ですが、対外戦争は別として、国内で最後に「戦争」と呼ばれるものがあったのは「西南戦争」ですが、その戦争では、かの薩摩武士団が、寄せ集め農民軍に負けてしまったわけです。田原坂に象徴されるような凄い攻防接戦を演じつつ、結局勝敗を分けたのは、最新兵器と組織力だったといわれていますが、煎じ詰めれば、官軍が勝ったのは、彼らが「官」の軍隊だったからだといえるでしょう。僅か10年前には、薩摩武士軍の方が勝ち組になったのでしたが、それも彼らの側が錦切れを着けた「官軍」だったからです。そのことを忘れて、実力だ、と思ったのが奢りだったのかどうか。というように、残念ながら、強いのは「官」なわけです。
 官の強さというのは、組織の強さですが、組織というのは、いわゆる軍隊だけじゃないわけです。西郷さんも、人徳によって広い人々の援助を受けたでしょうが、たかが知れています。しかし、官軍の方は、例えば鉄道局管理官が軍事物資の輸送を指示し、工務省製造担当官が鉄砲玉の鋳造を命令し・・・いやもちろん、そんな役職はなかったでしょうが、とにかくありとあらゆる「官」の組織と人が、官の軍を支えます。
 西郷軍の団結力は、いうならば心意気によるものですので、旗色があやしくなると結構逃亡者が出て、浮き足だってしまったようです。でも、官の方は組織ですから、心情や信条で動くのではなく、命令だけで動きます。命令があれば、心情的には薩摩側を応援する人でも、官軍の乗った汽車に石炭を積み込んだりします。官の組織というのはそういうものです。民間企業も学校もその他組織はいろいろありますが、牛とカマキリ、まるで規模が違います。比べものになりません。国法に正当性を保証され、全国津々浦々に網をもち、国家予算という莫大な
カネをもつ「官」組織。
 そこで、組織を動かすのは、誰でしょうか。これまた古い話ですが、西南戦争の次に、国内戦になりそうになった二二六事件。雪の帝都に出動した「兵」たちは、全く何も知らされていませんでした。動かしたのは下士官です。これも「官」ですね。彼らは、しかし、組織全体を動かすのに失敗します。彼ら反乱士官や彼らに同情的だった将軍は、「官」的じゃなかった、「官僚」性が足りませんでした。心情や信条で結ばれた同志なんてものは、中途半端です。そんな彼ら「皇道派」に勝ったのは、「官」の本質をしっかり把握した「統制派」連中でした。個々の官が心情的に動くのではなく、軍官僚に率いられた統制ある組織が粛々と動いて全てを掌握すべきだ、というわけです。それが最強。「君側の奸を斬る」などという反乱は、最強組織に潰されます。
 さて、今に戻りますが、いうまでもなく、司法もまた「官」、官そのものです。当然、「官」に楯突く者は「官」の敵だ、ということになります。
 ということで、いつも読ませてもらっているChikirinさんちなみに「行くです」文体の話も、この方からヒントをもらったものです)が、「検察が逮捕したがる人の類型”」を挙げておられます。
 類型3:官僚組織の敵・・・政治家を官僚組織の上に位置づけようとするような輩は、逮捕に追い込むのが基本。〜「司法試験も公務員試験も通ってない奴」が自分達の上に立とうと考えるなど言語道断。・・・外務省と対立した鈴木宗男も粛正。官僚組織に圧力をかけた政治家を野放しにしていたら、官僚組織の守護役である検察の沽券に関わる。〜・・・民主党は“脱官僚”を掲げ続ける限り、鳩山氏の次の人も、その次の人も、ずうっとそのリーダーは狙われ続けるでしょう。
 「脱官僚」というのは最強軍団に闘いを挑むことですからね。挑むにしては、とにかく甘いです。どの程度実際ワルだったのか大したことでなかったのか分かりませんが。おそらく単純に、政権を執る者が最高権力だ、政治家は官僚より強い、などという驕りもあるのでしょう。驕りといって悪ければ、甘さです。もちろん大臣は「官」のトップです。しかし、もう一度いいますが、最強なのは「官」個人ではありません。あくまで「組織」です。Chikirinさんが「官僚組織の守護役である検察」が「官僚組織の敵」を倒そうとする、と書いておられる通りです。
 越山会が刺されたことに学ばず同類の陸山会権力で倒せるほどやわな相手ではありません。自らを律し自らを鍛え直して、そして倒せ! 手遅れでないならば。でも、どうですかね。