軽自動車とカシミアと秘密保護法

 ところで、半藤氏が新聞を見て「愕然となり」「まさしく怒り心頭に発し、それを報道しただけの新聞に罪はないのに、ビリビリ引き裂いてしまった」というのは、自民党憲法改正草案21条の中の、「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」というくだりなのでした。
 どんな政府も(実際には一定の部分「私益」を代表しつつ)、自らの施策は全て「公益」のためだと称します。「原発推進」はエネルギー確保という公益のため、「秘密保護法」は機密漏洩防止という公益のため。すると、「脱原発」を主張したり「秘密保護法」に反対したりする奴らは全て「公益を害する」連中だ、ということになります。石破幹事長の「テロ」発言が問題になっていますが、彼はただ不用意に正直に発言したに過ぎません。
 「公益」を代表するのが政府であり、「公の秩序」を守るのが政府である。→政府に反対する行動は「公益」と「公の秩序」を害する行動である。→そういう行動は「認められない」。→それでもやるなら「テロ」である。
 それだけではありません。「公益」「公の秩序」を害せず、政府に従っていれば、とりあえず平穏に暮らしてゆけるでしょうか。ダメです。何が「公益」か、何が「公益を害する」行動なのか、どういうことをしてはいけないか、が全て秘密だからです。
 平凡な銀行員Kは、ある朝、突然逮捕されます。どういう罪を着せられたのか、誰が告発したのか、一切不明です。いや、正式に逮捕されたのかどうかすら分かりません。どこに何を抗議すべきなのかも分かりません。こうして、カフカ『審判』のヨーゼフ・Kは、「まるで犬のようだ!」とつぶやきながら、処刑されてしまいます。
 どこかの秘密機関で「テロだ」「国家の敵だ」とされたのか、一切が秘密のうちに、ある日突然秘密組織に逮捕され、秘密施設に送られる・・・カフカの予言した、そんな時代が目前に迫っています。
 前回「毎日」に触れましたので、「朝日」にも触れておきましょう。ここへ来て、「特定秘密保護法案」に批判的な「声」が、社会面で大きく取り上げられてはいます。一面にも、批判的な「有名人」の声が載っています。けれども、今日の朝刊トップ見出しは「軽 快 走」。軽自動車がよく売れているという話。そして夕刊のトップは「もてるカシミア」。カシミア製品がよく売れているという話。例えば、国連人権機関のトップである人権高等弁務官が、「特定秘密保護法案」は「政府が不都合な情報を秘密として」隠すものであり、「国際人権法」で保証されている「表現の自由や情報アクセス権」が侵害されるおそれがあるとして、「成立を急ぐべきではない」という見解を示した、といったニュースは、5面に小さく載っているだけです。
 しかし、内閣支持率は、不支持の方が多くなったとはいえ、それほど下がらないようですね。法案には反対意見が多いようですが、それでも政府は支持し続けるという人が多いのでしょう。かなり前から、正規雇用者の比率を下げる手を次々と打たれているので、今や多くの人が、不景気になると簡単に首を切られます。そんな状況では、デモに行く自由より何より、失業で一家が路頭に迷うのが一番怖い。この景気が本物かどうかもまだ分からないいまま、ともかくアベノミクスとやらにすがっている他ないということなのでしょうか。
 切られ捨てられる不安があればあるほど、何とか守ってもらいたい。すがる企業は強い企業であり続けてほしい。すがる国家は強い国家であり続けてほしい。そのために、企業秘密、国家機密を「敵」の手から護る強力な法律が必要というなら、それが「公益」。
 ここへ来て「軽自動車」や「カシミア」の売れ行きが好調だというニュースを一面トップに置くことは、相対的に「特定秘密保護法」への注目度を下げることになる、というだけではありません。強い企業、強い国家を目指すアベノミクスへの信頼感を高める働きをしています。プロのデスクが、それに気付いていない筈はありません。