三木清:獄死前後10

 早速訂正である。留守を預かった野上彰は、しかし多分住んでいたのではないだろうと書いたが、そうではなかったかもしれない。留守宅に葉書を出したという証言があることを忘れていた。現物も残っていないようだし、ではどのようにして出したのか、いつ出していつ届いたのか、などもあいまいなのだが。
 ともかく、仮にもし葉書を出したということが確かだとすれば、しかも東畑家にではなく留守宅に出したのだとすれば、普通に考えれば、誰か留守番がいたことになる。単なる葉書なら、(可能性は非常に低いが)もしかすると女学生の娘が一人で戻っていたということもあるかもしれないが、当時簡単に手に入るようなものではない水飴の調達を依頼したというのだから、宛て先は娘ではないだろう。
 しかしまた考えてみれば、留守番役の野上宛てに葉書を出したことが確実だと仮にしても、三木清「気付」とか「方」とか付きの野上彰宛になっていて、住んではいないが時々郵便物の整理に訪れる野上に、自分あての葉書を見つけさせるつもりだった、という可能性も残る。
 繰り返すが、細かい詮索に意味があるのではない。確実なことは分からないのが普通であり、ただ、分からないのが普通だということを確認しておきたいだけである。