グローバル帝国主義−EU官僚はファーストクラスに乗るか

 かつて、世界大戦前に、「不安の哲学」なるものが世界的に流行したことがあります。いまの「哲学」には、もはや「流行する力」もないようですが、そういえば哲学だけでなく、島田裕巳氏によれば『宗教消滅』が世界的な趨勢だそうで、前回触れた『シャルリとはだれか』も、ある意味、宗教消滅の話とも読めます。観念体系の支配と束縛からの自由と読むか、それとも拠り所の喪失と読むか、それぞれでしょうが。
 人は、少なくとも普通、支配し束縛するものからしか救われないし安心させられることができません。例えば家や集落や部族や、そしてまた国家にしても、およそ共同的なものは、独自の支配と束縛と抑圧の構造化であり、それがゆえに(というのが、実に残念なことなのですが)、そこには親密と安心と救済が見いだされます。その点では、ゲゼルシャフト的というか、意図して加わった様々な組織や集団等も、例えば企業もまた、例外ではありません。
 イングランド何とかカンパニー(ENC)の工場で働くジャックは、今年で勤続20年でありながら、同じENCに定年まで勤めて年金暮しをしている父親のような、人生の安心感をもはや持てないでいます。工場には外国人労働者の数が増え、そのせいだとジャックは思っているのですが、物価も税金も上がり、給料も治安も悪くなり、この分では、息子の代には、ENCに職を得ること自体ができないのではないかと不安がつのります。こうして、アーセナルが負けた夜、ジャックの不安は憤懣に高まったりするでしょう。
 けれども、実はジャックも知っていることなのですが、ENCは、社名は「イングランド」でも、とっくの昔に主力工場は海外に移り、今では出資の過半は外国資本で、最高経営者には外国人が就いています。というか、それがEUグローバリズムです。ジャックはヘイトクライムを叫ぶ連中にも、逆に自分たちをレイシスト呼ばわりする連中にも、共に反感を抱いていますが、しかし23日には、「イングランド」を取り戻せと、離脱に投票します。そして翌日、ENCが、離脱を理由に、本社までも海外に移しそうだというニュースを聞かされます。
 マスコミなどには、離脱は愚かな選択だといった御高説を垂れる人もいますが、遠くからの愚かな野次にすぎません。たとえ実際に賢明な選択ではなかったとしても。
 かつて、労働者も含めた大英帝国人は、植民地外国人に過酷で不安定な生活と人生を押しつけるのと引き換えに、自分たちの生活と人生の「安心」を確保していたのでした。もしも、EU域内だけでも、労働者の移動自由を妨げないということが、そのような帝国主義システムの終焉の確認を意味するものだとするならば、それは悪いことではないように見えます。外国人の締め出しは、けしからぬレイシズムということになるでしょう。もちろん「大英帝国人と植民地外国人」というのは例示であって、広くは、日本人を含めた「先進国人」と「低開発国人」、あるいはもっと広く「豊かな国」と「貧しい国」とでもいうべきですが。
 もしも、例えばEUとかグローバル化といったことが、労働者の自由移動による「国境格差解消」だけを意味するのであるならば。豊かなイギリス人と貧しかったルーマニア人が、同じ仕事に就けるようになるということだけを意味するのであるならば。もしそうであるならば。
 しかし、実際に起こっていることは、多くの人が気付いているように、そんな単純な甘い事態ではありません。かつて、例えば大英「帝国」と「外国」の<格差>をエンジンとして、イングランド人の「安心」が維持されていたシステムを、旧帝国主義と呼んでおくとすれば、今起こっていることは、大英「帝国」と「外国」の労働者の<格差解消>を新エンジンとして、新たな<格差>をさらに大規模に拡大してゆく次世代格差システム、グローバル帝国主義の進撃に他なりません。
 もちろん、「職を奪い、イングランド人を失業させる外国人を締め出せ!」というのはレイシストのスローガンに他なりません。けれどもそのスローガンは、「イングランド人も外国人も失業の「不安」に直面させるシステムから離脱せよ!」と叫ばれるべきでしたし、実際内心ではそう叫んでいるつもりの離脱派もいたでしょう。 
 では、次世代型のグローバル帝国主義とは、どんな格差拡大システムなのでしょうか。そう聞かれても、難しいことはいえませんが、先日例の桝添先生が、こういう発言をされてさらに顰蹙を買いました。「天下の大東京都の知事がですよ。ファーストクラスに乗りスイートルームに泊まって、どこが贅沢ですか」。いや、それは贅沢ですよ桝添さん。贅沢ですが、そう言いたかった気持ちも分からないでもありません。「じゃ、ファーストクラスというのは誰が乗るのですか」。「桝添先生、<グローバル・クラス(階級)の人が乗るのですよ。もっともクラス内では下の方の人々で、上つ方は自家用ジェット機ですが」。
 EU官僚は、ファーストクラスに乗るのでしょうか。