帝国の慰安婦:安堵の共同性6

 そういうことをいったり書いたりしている人は、他にも昔からいますが、例えば「親が連れてきた」と聞いたり読んだりした読者や視聴者は、証拠は?とか、全てがそうだったのか?、とか問い返したり、それより何より、「だとすると、一体何故親は、愛するわが娘を慰安所などに連れていったのか?」という、最も根源的な疑問を抱くより前に、「そうか、日本軍が強制したのではなかったのか」、と安心、安堵する・・・それが狙いなのでしょう。
 かつて、疲弊した東北などの農村から、少女たちが遊女に売られて行きました。本やテレビで、人はわざわざいういでしょうか。「「日本資本主義を告発する」といったようなことをいう連中は間違っている。人買い商人は。娘をさらって「強制」的に苦界に送り込んだのではない。親が娘を売ったのであり、娘自身も、家族のために「合意」の上で自ら歩いて行ったのだ」。
 そういえば、野麦峠にも、少女の像が建てられています。諏訪に女工に出て使い捨てられ、「ああ、飛騨が見える」と呟いて死んだ少女の像です。その像に対しても、「しかし少女たちは、自分から出稼ぎに行き、合意の上で働いていたのだ。工場は「関与」はしたが「責任」はない」、などと、わざわざいう人はいるでしょうか。
 西アフリカに「奴隷海岸」という地名があります。ご承知のように、ポルトガル以下、西洋白人たちは、何世紀にもわたって、黒人たちをそこから新大陸に船で運び出し、白人農場主の下で奴隷として過酷な労働に従事させたのでした。その数実に一千万人を越えるといわれています。トランプ陣営から、明日の就任式での歌唱を依頼された歌手レベッカ・ファーガソンは、「奇妙な果実」を歌うと返答して拒否され、出演を断ったとのこと。「南部の木には奇妙な果実がなる/飛び出した眼 苦痛に歪む口/太陽に腐り 落ちていく果実/奇妙で悲惨な果実」・・・アフリカから連れて来られた黒人奴隷の末裔が白人に木に吊るされた姿を歌った歌です。
 しかし・・・「そういう一方的な告発は誤りだ、偏っている」、という西洋人はいるでしょうか。「確かに白人の奴隷商人たちは、奴隷貿易に「関与」はした。「関与」はしたが、実査に黒人を「強制」的に狩り集めて港の白人商人のもとに連れてきたのは、ほとんどの場合黒人だった。」(続く)