面白きこともなく

 倉沢愛子『楽園の島と忘れられたジェノサイド』。背景となるスカルノからスハルトへという権力移動の時代については、同じ著者の本を読んだ記憶がありますが、バリ島の虐殺事件に絞ったこの本で、倉沢氏は、長年をかけて膨大な文献資料にあたっただけでなく、被害者側にも加害者側にも可能な限り直接会ってインタビューを重ね、美しい島の美しい村で突如起こり、そして強制的に歴史から消されていった大虐殺を、地中から掘り起こして文字に刻みます。昨日まで共に支え合って静かに暮らしていた隣人や知人や親類や中には家族の一員が、突如熱病に罹ったように入り口の戸を蹴破って家になだれ込み、その場で、あるいは連れ去った場所で、残虐に殺してしまう。しかも半世紀を経た今、殺された側と殺した側が、消された歴史を背景に、共存して暮らしていたりする。何故か。何が起こったのか。誰にどのように唆かされ、どんな観念に煽られたのか。明確な答など見つからないにしても、少なくともこの大虐殺事件を忘れさせまいとする氏の執念に敬服しながら読了しました。もちろん、類似の事件は、繰り返し世界各地で起こって来たし、起こっているわけです。

 楊海英『日本陸軍とモンゴル』。同じ著者の「墓標なき草原」というのを前に読みましたが、赤報隊の追悼録を紙の墓標あるいは筆の香華といった長谷川伸にならって言えばは、これもまた、中国に侵され日本に裏切られた草原の民の戦いへの、紙の香華なのでしょう。

 外山健太郎『テクノロジーは貧困を救わない』。著者は日本名ですがアメリカのITテクノロジーの只中で活躍されている方のようで、翻訳本です。今日の新聞にもデジタル教科書にしてゆくという政府の方針が記事になっていましたが、先日は、予算をかけて端末を配ったが、学習クイズに答えたあとは、ゲーム機になってしまうという、どこかの自治体の嘆きが記事になっていました。実はこの本は、申し訳ないことながら、きちんと読了はしなかった方に入りますが、ともかく、貧富格差の是正は教育格差の是正から、教育格差の是正は教育のIT化と全ての子どもへの端末の配布から、と、そううまくはゆかないようです。

 そういえば、ITとAIは別の話ですし、これは1月に読んだのではありませんが、有名ロボットプロジェクトのリーダー新井紀子氏の『AIvs教科書を読まない子どもたち』という本は、キャッチーなタイトルながら、類書の中ではとても明快で、AIと人間が互いに何ができて何ができないかという基本的なことが納得できました。

 その他、ドナルド・キーンが作家の日記を集めた『日本人の戦争』を興味深く読みましたが、そういえば、半藤一利氏が亡くなりましたね。

 小説では、高橋源一郎氏もどこかで面白いといっていた村田沙耶香『地球星人』を、遅ればせながら。確かに面白かったですが、この人の場合、ストーリーはともかく、いつも文章運びにひっかかっるものを感じるのが気になります。敢えてそうしているのかもしれませんし、多分読む側の個人的な感覚の問題なのでしょうけれど。小説では他にカズオイシグロとか、人々がやたら煙草を吸って格好をつける古いミステリとか。

 と、振り返ってみると、いまさらながら1月も全く節操がないですねえ。他にも読み終わってから忘れた本もいくつかありますが、いつものように読みかけて途中でやめた本ももちろんあります。私の悪い癖ですが、でも結局は本が面白くなかったからということにしておきましょう。