貧困者が儲け屋に期待する

 実際に起こっていることは、それぞれ単純なものではないということを分かった上でいうのだが、「正義の」貧困ビジネスといった事態がありうるので世の中はややこしい。ただし、もう一度いうが、実際に起こっていることはこれだというのではない。
 例えば一昨日、大阪市が「囲い屋」対策を発表した。「囲い屋」は代表的な貧困ビジネスである。路上生活者のところに男がやってくる。「大変ですねえ。私にまかせてくれれば、部屋に住んで食事も提供しますよ。もちろん働かなくてもいいのです」。囲い屋は、勧誘に応じた人を賃貸住宅に入居させ、コンビニ弁当などを支給する。そして、生活保護を申請させ、支給日に役所で待ち受けて、家賃や弁当代その他の名目で保護費の大半を徴収する。
 貧困者を囲う「囲い屋」に対して、貧困者の家を囲うのが「占有屋」である。リストラなどでローンを払えなくなる。いよいよ抵当権者である銀行などから家を競売にかけられる。買受人が決まれば、あとは立ち退くだけである。そこに男が訪れる。「大変ですねえ。私にまかせてくれれば、そのままこの家に住み続けられるようにしますよ。それか、まとまったお金を取ってあげますよ」。その手口は、宮部みゆき『理由』にも詳しいが、簡単にいえば、前からその家を借り受けて住んでいるという書類を作って、占有住人を送り込むのである。そして、競売を競り落とした買受人がやってくると、威嚇したり、暴力団とのつながりをにおわしたりする。あるいは、行き先のない哀れな住人を無情に追い出すのかと泣きついたりする。いずれにしても、徹底的にゴネる。法に訴えようとすると、住人の賃貸権保護を武器に抵抗する。こうして、ほとほと根負けした買受人が占有屋に、家を安い価格で譲るか、あるいは高額の立ち退き料を出すことになればしめたものである。占有屋は元の家主に、手に入れた家を賃貸するか、あるいは立ち退き料の一部を渡してやる。
 もとより「囲い屋」も「占有屋」も、貧困者をターゲットにしたビジネスである。路上生活者やローンを払えなくなって家を失う者を巧みに勧誘して、彼らは儲ける。大阪市の囲い屋排除も当然のことである。
 ただし、餓死凍死と隣り合わせだった路上生活者からすれば、囲い屋の<おかげで>アパートに住めたし弁当を毎日食えるようになった、と感謝する人がいるかもしれない。摘発された囲い屋のことばを、以前新聞で読んだことがある。「貧困ビジネスなどといわれるのは心外だ。私のしていることは貧困者支援だ」。
 占有屋についても同様である。リストラで収入の道を断たれた上に、ローンを払えず家を取られることになる家族からすれば、占有屋の<おかげで>家に住み続けられたり、まとまった金を手にできたりする。『理由』では、占有屋に感謝する老夫婦も描かれ、またある弁護士がこの問題の難しさを語っている。「悪に対しては違法行為をしてでも対抗して、庶民を救うんだと、まあそういう思想で働く占有屋もいるんですよ。」
 さて、私が「囲い屋」や「占有屋」のような貧困者関連ビジネスを思い浮かべたのは、タイの状況ニュースを見聞きしたからである。とはいえ、三度いうが現実に起こるどんな事態も、ひとことでいえるようなものでは決してない。私が思い浮かべたのも、単なる連想に過ぎない。
 国名はいちいち挙げないが、飢餓国家の独裁元首が、国民の怨嗟を抑圧しつつ、家族や一族は大富豪生活というけしからぬパターンがある。しかしまた、国民自らが、大富豪(といっても母親から大金をもらって気付かないような人物ではなく一代で身を起こした人物)を大統領に選んで、その起業と経営の豪腕に国の命運を託そうというケースも少なからずある。そういう富豪連中は、豪腕ゆえに権力を私財拡大の方に活用して失脚したりすることも多いが、現状に耐えられない貧困層が、その豪腕富豪を支持したりする。貧困層から身を起こして富を築いた富豪ゆえに、貧困から富裕へのノウハウとそれを実現する豪腕を持っていると期待したりするのであろう。
 どの程度事実なのかは知らないが、タクシンもまた一代でタイ国一の富豪にのし上がり、さらに政治家になって政権を握ると、様々な手を使って私腹を肥やし、遂に国を追われて、莫大な資金を手に諸国を転々としているらしい。しかしタクシンは、不正な手段も使って蓄財に励む一方、政治家としては、常に貧困層にアピールする政策をとり、タクシンの<おかげ>で今の生活があると信じている貧困層の支持はなお厚い。旧正月明けには再びタクシン派のデモがタイを揺るがすだろうが、参加者のほとんどは当然ながらタクシン革命の継続を願う貧困層であり、日当をもらって参加しているという説もある。ちなみに、カメラマンを狙撃したのはおそらくその別働隊だろう。少なくとも、タクシン派の狙う混乱の拡大と事態の深刻化を結果した。
 ところで今日の新聞にはまた、「名門と富豪 競る」という見出しで、フィリピン大統領選の記事が出ている。有力候補は二人いて、その一人は、「不動産業で巨万の富を築いてのしあがってきた」上院議員だそうである。彼は「豊富な資金を背景に地方の有力者への支持も広げて」いるらしいのだが、この「富豪」もまた、汚職まみれの現大統領との関係を疑われながら、他ならぬ「貧困問題を主に訴えている」という。