Pinkerton『提督回想録"the Memoirs of an Admiral"』(抄訳)

 (承前)『回想録』第3章より「(前略)その時、異様な人影が歩いて来るのに気付いた。近づくにつれ、どうやら伝統的な着物を着た少女であるらしいと分かったが、異様なのはその顔である。人の肌というよりスタッコ壁のように白い。道がそれほど広くないので、すぐ近くをすれ違ったのだが、まるで人形のようで表情は全く分からない。驚いている私に、領事館員のスミス氏がささやいた。「幸運ですねえ、Pont Town でも、Maiko girl には、そう簡単には出会えないのですよ。でも、そんなに驚かなくても、今夜のバーティーに、ちゃんと呼んでいますから」。
 あれが Maiko girl(舞妓) なのか。もちろん私は、Geisha girl の見習い少女だという Maiko girl のことは知っていた。艦内の自室の本棚には O.Morris の有名な "A Maiko girl" があり、士官室で雑談中に、Maiko girlとつき合ったことのある誰かの自慢話を聞いたこともあった。そういえば、白粉で厚化粧をしているとも聞いていたかもしれない。しかし白粉の化粧というのは、世界中どこでも商売女の常であるので、多分聞き流していたのだろう。いま、実際の Maiko girl を見て、はじめて私は、その異常な白さに驚いたのである。「この国は急速に私たちの白人文化を取り入れて、近代化を進めようとしています。もしかしてあの肌は、白人になりたいという願望の現れなのでしょうか」と、私は、既に2年以上日本で暮らしているスミス氏に尋ねた。彼は笑いながらいった。「まさか。そんなことではありませんよ。白人文化に憧れて白塗りしているとするなら、黒人文化に憧れたギャルは顔を鍋底のように塗らなければならなくなりますが、ハハハ、黒塗りのギャルなんて絶対ありえないでしょう。私の聞いたところでは、花街の女性が顔を真っ白な壁のように白粉で塗るのは、江戸時代からのようですよ。薄暗い灯りの下では、あれほど白く塗らないとアピールできませんからね。あなたは今の時間だから Maiko girl の肌に驚いたのでしょうが、暗い酒場とか街角で、夜の女が顔を白く塗っってアピールするのは、どこの国でも同じでしょう」。
 といってスミス氏は、ふと、同行していた小太りの日本人紳士に顔を向けた。「おや、何か御意見がおありのようですが」。小太り氏はいった。「いや、別にお説に反対というのではありません。いま、アピールといわれましたが、appear というのは「現れる、外に出る」ということですよね。おっしゃったように、お国の夜の女たちの白粉は、大きい胸や長い足と一緒に、肌をアピールしようという魂胆でしょうな。そういえば、私の国でも、歌舞伎の役者なんかは、昔から白粉に含まれる亜鉛毒にやられるのが職業病だった位、思い切り白塗りしますが、あれはやっぱりアピールでしょうね。
 ただ、どういいますか、やっぱり「白」というものについての感覚には、何かこう、少し違いがあるような気がします。・・ところで、この茶店に腰を下ろしませんか」。
 私たちは、小さいカーテンをくぐって、天井の低い店に入った。赤い絨毯を敷いたベンチに腰掛けたのだが、それはあまりに低すぎて、私は足を持てあました。先ず、小さい日本式のケーキが出され、しばらくして、緑色の液体が入ったカップが置かれた。それが何であるのかを知らなかった私の恥ずかしい大騒ぎを笑った後で、スミス氏と小太り氏の会話が再開された。(続く)