アリとキリギリス

 パソコン不調によるリカバリなどがあって、何となく休んでいたのですが・・・遂に強行採決です。「遂に」と書きましたが、政府与党からすれば「予定通り」。誰が何といおうと、どんな人がどんなことをいおうと、与党なのだから決めたいことを決めて何が悪いか。一番エライ首相なのだからやりたいようにやって何が悪いか。反対されて支持率が減っても、どうせすぐ忘れて支持率も回復する。・・・という態度で最初から一貫しています。
 傀儡満州を食い物にしながらしぶとく戦後に復活し、国会の周りを何万人という反対デモがとりまき死者がでても、まるで無視した祖父のことを思えば、集団的自衛権でも沖縄基地でも原発推進でも何でも、今の反対の声など蚊の音以下にしか聞こえないのでしょう。
 でも、そういう首相と政府と党を、かなり多くのみなさんが、なお支持しているわけです。
 「アズ・ナンバーワン」「アジアの盟主」と得意絶頂だった親父晋太郎時代のあの栄光を「取り戻せ!」、さらには、アジア全域を支配圏とした祖父信介時代の軍事帝国の力を「取り戻せ!」。多くのみなさんが、隣国にも国内野党にも喧嘩腰で「強かった日本」を「取り戻せ」と叫ぶ孫晋三を「リーダー」として支持するというのは、あるいはまた、例えば「首相の決めることに文句をいう新聞はぶっ潰せ」といわれる以前から、「政府を批判するのは偏向だ」と他紙を叩く新聞が部数を伸ばしているというのは、失礼ながら、多くのみなさんんの「今」が、かなり深い「ジリ貧」不安意識のうちにあるからでしょう。もちろん、みなさんの責任というのではなく、実際何もかも「ジリ貧」で先行きが暗闇です。
 そのような「ジリ貧不安」の目でニュースを見ていると、画面がコマーシャルに切り替り、「生き残るためには撃ちまくれ!」と自動小銃を乱射するゲームや、同類の映画の予告がみなさんを煽ります。「生き残る」ために「撃ちまくる、殺しまくる」、まさに「自衛のための武力行使」に他なりません。そしてまた、昔から、どんな武力行使も戦争も、「生き残るため、自衛のため」にという看板を掲げないものはありません。韓国併合も大陸侵略も「生命線を守るため」、アメリカとの戦争も「自存自衛」の戦争、というように。・・・というと、「その通り。だから満州国も中国進出も正しかった。太平洋戦争も正しかった」というのでしょう。
 まあ、しかし、この問題については、各方面から多くの反対の声がますます高まりつつあり、さすがにかなりの人々が、戦争に向かうのではないかとか、少なくとも強引すぎるとか、思い始めておられるようです。
 ということで今日は、反論の声もあまり聞こえない、「アリとキリギリス」のお話にします。
 それというのも、先日たまたまテレビで見た「ニュース解説」にあきれたからです。ここ数日、安保法案中心の国内政治と並んで、国際面で話題になったのが、いわゆるギリシャ問題でしたが、その番組で、有名な若手キャスターが、大きなパネルに、わざわざ「アリとキリギリス」の紙芝居絵を出して、得意げにしゃべっていました。「怠けてばかりいて、働きアリのEUから借りた金を返せなくなったキリギリスのギリシャ。借りた金を返さないとはけしからんギリシャですね〜。」
 「ギリシャ人はシャカリキに働いていないんです」。実にけしからん? しかしそれなら、ミュージシャン自由業のキリギリスよりもまず、巨万の金を投資会社に託して一日中地中海のヨットで昼寝している殿様バッタ連中に「働かずに巨万の収入を得ているのは実にけしからん」というのが筋でしょう。「もっと働け」? それなら、ギリシャのキリギリスにも、ドイツと同じ賃金水準を保障すればいいでしょう。「ギリシャは公務員が多いんです」実にけしからん? なるほど、国鉄や郵政だけでなく健康保険や年金なども民間にまかせて公務員を減らし、TPPを通して、全ての分野でアメリカ資本の支配下に入ろうというわけなのでしょう。
 皮肉なことに、「アリとキリギリス」の童話の原型は、古代ギリシャで作られたものですが、結局アリは、キリギリス(元はセミ)を最後まで冷たく突き離し、キリギリスは飢え死んでしまいます。このお話は、貧しい者はセッセと働いて、自分の将来も自分で責任を取れという、貧しい者に厳しい教訓を垂れるものでしょうが、アリのような金持ちは、餓死寸前でも困窮者に助けの手など差し伸べないほど冷酷なけちだぞ、という教訓も読み取れます。
 それにしても、国際ニュースを取り上げて、単純な教訓童話の話しかできないというのは、有名人気キャスターの国際政治経済についての無知と、それで通ると思う視聴者蔑視とによるものでしょうが、国際的な政治や経済を勉強することが大変なら、せめて、吉本新喜劇でも真面目に見てほしいものです。「借りた金を返せなくなった貧乏長屋の親娘」に、「貸した金を返せと迫る羽振りのよい親分」。吉本でなくても大衆芝居では、金を返せと迫る親分の方が悪役に、断固決まっています。
 (付記:とはいえ、私も、「貸した金を返せ」と迫る方がケシカランに決まっている、と思っていただけで、ギリシャEUの現状については何もいえませんので、キャスターの無知を笑えません。興味ある方は、例えば田中宇ブレイディみかこヤス各氏の頁その他などを参考にしてみてください。そういえば、『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』という、トッドという人の新書もありますね。例のピケティも発言しているようですし、「アリとキリギリス」などと、子供だましのことをいってるのは、日本だけのようです。