帝国の慰安婦:安堵の共同性12

 「え、そうなんですか。・・・そういえば、セウォル号沈没という大惨事がありました。まあ、船長一人が悪いわけではないですけど、ひどい船長でしたよね。大勢の乗客を残して、自分だけ先に逃げ出した様子が放映されましたが、なんか半分下着姿だと思ったら、船長服を脱いで一般人のふりをして助けてもらったそうじゃないですか。しかも後で、「頭がいい者が助かった」といって、大顰蹙を買ったとか。船長にも頭のいい親類がいたのでしょうか。」
 「それは知りませんが、まあしかし、一億総懺悔というのも、頭のいい思いつきですね。「船長だけじゃなく乗客全員の責任だ、全員で懺悔しよう」、と船長の親類がいったわけですからね。」
 「一億総懺悔というのは、その場では反撥もされたようですが、それでもボクシングでいうとボディーブローのように、国民全体にじわじわ効いたんじゃないでしょうか。良心的な人ほど、確かに船長だけじゃなくわれわれみんなに責任があるよなあ、謝らなくちゃいけないよなあ、と思ったりして。で、日本やアメリカの頭のいい人たちの筋書きに乗って、船長の責任問題はどっかにいってしまった。」
 「でも、その「一億総懺悔」の「一億」って、実際誰のことなんでしょうかね。」
 「え? それは<日本国民全員>ということでしょう?」
 「まあ、そうなんですけどね。いまは確かに一億を越えていますが、総務庁の統計では、戦争が終わった1945年の人口は、7200万人となってますよ。」
 「3,000万人も差がありますね。」
 「戦争中は、「一億一心、火の玉だ」とか何とか、よく言われたようですが、その「一億」は、もちろん<日本国民全員>です。ただ当時は、台湾朝鮮の人も<日本国民>でした。だから「一億」。」
 「ということは、「一億総懺悔」といった人が、もし、「一億一心」時代のまま「一億」といったのだとしたら。」
 「朝鮮半島の人も懺悔させられてしまいます。朝鮮人も、戦争中は「帝国の国民」だった。郵便配達人も「帝国の郵便配達人」だった。「帝国の警備員」だった「帝国の掃除夫」だった。従軍慰安婦も「帝国の慰安婦」だった。みんな一億総懺悔。」
 「え〜っ? まさか、そういう意味じゃあないでしょう。でもまあ、頭のいい人は違いますからねえ。」
(続く)