アジア3

 アメリカのイラク攻撃に対して義憤を覚えた日本人は少なくないでしょうが、その際「イラク人は同じアジア人じゃないか!」と感じた日本人は、それほど多くはないのではないでしょうか。「アジア」という語で何を指すかは実に多様ですが、いま多くの日本人がイメージする「アジア」に、イラクは含まれるかどうか。
 しかし、もともとの「アジア」は、古代地中海世界から見た「東方」地域を意味します。
 後に『ヒストリア』という小説に言及する予感もあって、またまた横道で、似たタイトルを思い出したのですが、岩明均の『ヒストリエ』という漫画があります。主人公は後にマケドニアで書記官になるエウメネスという人物なのですが、漫画の冒頭で、若いエウメネスがたまたまアリストテレスと出会い、小舟で、幅「20スタディア」つまり3キロ半ほどの、狭い海峡を渡ります。で、それが、上図にあるように、「アジアからヨーロッパに渡った」とされているのです。つまりその海峡の東側が、地中海世界から見た「アジア(東方)」だったわけですね。
 渡ったのは、右の地図に赤で示した地点で、当時の西側ではマケドニアアテナイを席巻しようとしており、東側(アジア)はペルシャ帝国が支配していましたが、現在のイラクは地図の右下にほとんど隠れている辺りなので、当然「アジア」です。もちろんそれは、西側世界から見ればということで、そのずっと東の方は闇に包まれたただの蛮地でしかありません。
 その後、西側から見て、「世界」はどんどん拡がってゆきますが、東の方に暮らしているのは全て、「我々の文明」から遠い辺境の蛮人ということで、どれだけ拡がっても十把一絡げに「アジア人」のままで、結局近代まで来ます。
 しかし、それだけに範囲が非常に広く、宗教ひとつとっても、「西」のキリスト教世界に対して、「東」にはイスラム教あり仏教ありヒンズー教あり、儒教も入れるとして、他にもいろいろたくさんあります。
 そのような「アジア」にも、西洋は容赦なく手をのばし、やがて「多様な」アジアは、西洋帝国主義の魔手にさらされるという「同じ」運命に直面します。個別的な抵抗の中から、当然、「アジア」は連帯して共通の魔手に抵抗すべきだという思想や行動が生まれるでしょう。「イラク人も同じアジア人じゃないか」という中島氏の叫びは、他称としての「アジア」を、自称として取り返そうとする決意といえます。「西洋人から見て同じ」という他称ではなく、「われわれは同じアジア人だ」という自覚意識。
 けれども、西洋帝国主義という魔手に連帯して抵抗するというだけでは、西洋を超えることはできません。西洋近代を超えて、より高い普遍性を作り出すことができる、アジア「独自なものがなければならない」。
 だが「おそらくそういうものが実態としてあるとは思えない。しかし方法としては、つまり主体形成の過程としては、ありうるのではないか」、というのが、竹内好が絞り出したことばでした。中島氏はそれを批判的に乗り越えようとします。
 中島氏への異論ということでは全くないのですが、少しだけこだわっておきますと、竹内が「実態としてあるとは思えない」といったその「実態」とは、どういう意味だったのでしょうか。
 「アジアの思想」といったものはない、とは、竹内もいっていません。岡倉天心大川周明をはじめ、海外も含めて様々な人や運動について中島氏も触れている通りです。しかし、「西洋近代の思想」は、資本主義市場経済や議会制民主主義など、もちろんそれらこそ帝国主義を生み出しあるいはそれと親和的な、アジア支配の元凶だともいえるにしても、良くも悪しくも一定の経済システムや政治社会機構として「実態」化されてきた、といえるでしょうか。もし「実態」という言葉をそのように使うなら、「アジアの思想」に対応する、アジア経済やアジア政治機構といったものは、少なくとも今のところは、なお目には見えない、といったことかもしれません。「五族協和・王道楽土」という理念の実態化が「偽満州国」だといったカリカチュアを除くなら。
 もちろん竹内好が「おそらくそういうものが実態としてあるとは思えない」という「そういうもの」は、「アジア主義」であって、「実態」とは、市場経済や議会制のようなものではなく、思想の内実を意味しているのでしょう。「アシアはひとつだ」、「アジアには共通の美があり思想がある」などというだけでなく、どういう美でありどういう思想であるかということを深く広く論じることができるほどの「内実」があるかどうか、ということなのでしょう。しかし、やはりそれだけではない。岡倉天心の直観は西田幾多郎の精緻な論述に進むだけではなく、宮粼滔天の情熱と行動に出会って、何らかの制度や社会システムを、「実態」的に変革してゆく道を進まねばならない、ということにもなるでしょう。
(長くなったので、ここで切ります)