ロバは助けないか

 「金をあちこち動かすだけで、これまでさんざん儲けてきやがって。で、自分たちがしくじると、何かい。俺たちからむしり取った税金で、尻ぬぐいさせようってのかい。なんで俺たち貧乏人が、超金持ち連中を助けなきゃならないんだ。ごめんだね。
 金融会社が潰れて失業者がでる?ザマー見ろってんだ。俺たちにゃ関係ないね。あちこち金を動かすだけでべらぼうな高給を取ってきた連中を、臨時雇用でやっと食いつないでいる俺たちが、なんで助けなくちゃならないんだ。 
 株価が下がって破産者がでる?ザマー見ろってんだ。俺たちには関係ないね。株を動かしてこれまでさんざ大儲けしてきた連中を、株券なんか1枚ももっていない俺たちが、なんで助けなくちゃいけないんだ。 
 これまで散々俺たちをコケにしやがって、今更俺たち貧乏人が払った税金で、超金持ち連中を助けるなんて、そんなベラボーな法案に賛成するような議員には、絶対投票するもんか。」
 まことにもって正論です。
 貧富の格差が驚異的な拡大を続ける中、巨額の数字を動かすだけで利益があがる世界の住人たちにとって、これまで、貧乏人の生活世界などは、目の端にも入らない「関係ない」世界でした。「住む家がない?医者にかかれないで子供が死んだ?関係ないね。まともに働きもしないで朝から酒を飲み、かっぱらいで暮らしているような連中を、なんで俺たちが助けないといけないんだ?自己責任、自業自得ってもんだろ」。
 だが事態が急転し、任期僅かで統率力のない大統領、選挙間近で落選が怖い下院議員、という条件のもと、貧乏人たちの方から、「関係ないね」という、同じことばの大合唱がわき起こったわけです。
 「なんで俺たち貧乏人が払った税金で、金持ち連中を助けなくちゃならないんだ?」 まことにもって正論ですね。よく分かります。・・・・・「俺たちには関係ない」「俺たちには関係ない」。・・・・・それならホントにいいのですがねえ。
 乱暴者のヤンキは、ロバを飼っていました。ロバは粉挽き臼の棒に縛られて、朝から晩まで臼の周りを歩かされました。ヤンキはというと、時々、高利で貸した金を取り立てに、貧しい農民のところに怒鳴り込む時以外は家にいて、奥さんに作らせた料理を食べながら、ワインをしこたま飲んでいました。そして合間に、立てかけてある棒で、さんざロバを殴りつけるのでした。さすがに奥さんは、「ちょっとあんた、怪我でもしたら、元も子もないだろ」、といったりしましたが、酔っぱらったヤンキは、「そんなの関係ねえ。くたばったら、もっと働き者のロバを買うまでだ」、といって取り上げませんでした。
 ところがある日、ヤンキは酔っぱらって、ウォール橋から川に落ちました。声を聞いて駆けつけた奥さんは、脚をくじいたらしく川からあがれずに、凍えそうになっているヤンキを見つけて驚きました。大きい体のヤンキは、奥さんの力ではとうてい引き上げられそうにありません。そこで奥さんは、急いで家にとって返すと、挽き臼の綱を解き、ロバを連れて急いで橋まで戻りました。そして、ロバの手綱を川に垂らしてヤンキにつかまらせると、ロバに向かっていいました。「さあ、ロバよ、綱をお引き」、と。ちなみに、ロバ、と読びかけたのは、名前を付けていなかったからです。「さあ、ロバよ、引っ張るんだ」、と、川の水につかったヤンキも、凍えそうな声でいいました。「わしがどうかなったら大変だということは、お前にも分かってるだろう。さあ、綱を引っ張るんだ」。奥さんも必死にいいました。「そうよ。この人だけの問題じゃないのよ。うちの人がお金を貸してやってるから、村中の人が何とか生きてゆけるのよ。みんな関係あるのよ。さあ、引っ張って」。
 ロバは、毎日怒鳴られていましたので、それらの言葉の意味は全て分かりました。でもロバは・・・・・結局綱を引っ張りませんでした。「さんざここき使いやがって。俺にはそんなの関係ねえ」、といったのですが、ヤンキや奥さんは、ロバ語を解しませんでしたので、その声は、ただのなき声にしか聞こえませんでした。
 さて、それで、どうなったかということですが。ヤンキは何とか岸に這い上がって命だけは助かりましたが、でも脚の骨折が手遅れで、その上重い肺炎を患って、すっかり元気をなくしてしまいました。といっても、金持ちの人間様ですからね。ワインを飲めなくなったわけではありません。というわけで、一番可哀想なのはロバでした。元気をなくしたヤンキは粉挽きをやめ、お払い箱になったロバは、干し草ももらえない境遇になって、前よりもっともっとやせ細ってしまいました。