崖の上のポニョ、もしくは、フジモト家の不幸

 こういうご意見を頂き、なるほど、と思いました。
 たけくま氏のいうような、「何も考えずに好き勝手にやった」という面もあるかもしれませんが、逆に、「考えすぎて変になっちゃった」、とも読めるのでは。ハウルを見た人から、「クラリスにはじまり、やっぱり若いのがいいんかい」、といわれても、「健康的美少女の主人公が好きなんだから、別にいいんだい」、と開き直ればいいものを、最近は、やっぱり「政治的な正しさ」が気になっているみたいですね。ポニョも、人面魚でも差別しちゃいけないっていうメッセージで、だから最後も、「元魚でもいい!!」と終わります。もっとも大変わきがあまくて、「政治的に正しくあろう」という気持ちは強いのに、最初から「てあしがあっていいな」という歌詞だったりするのがご愛敬なんですが。・・・
 なるほど。
 というわけで、私もひとつ。筋を作ってみました。題して「フジモト家の不幸」
 ・・・ フジモト氏は、海辺の田舎街で小さな薬屋を営む、変わり者の中年男です。彼は昔、大都会にある製薬会社の優秀な研究員だったのですが、企業のやり口にすっかり嫌気がさして、田舎に戻り、漢方薬の研究をしながら、細々と暮らしているのです。自然が豊かですばらしい所ですが、知り合いもなく孤独ですし、体調もすぐれず、まわりの人からも変人と思われているようです。それでもフジモト氏は、ゴミにまみれた都会の生活より、田舎暮らしがずっといいと思っています。
 悩みの種は、ひとり娘です。田舎で自由に育てすぎたのか、近所の小さい子供たちを家来のように引き連れて遊んでばかり、親のいうことなんか全く聞きません。その上、「こんな田舎は嫌だ。都会へ行きたい」、というのが口癖なのです。馬鹿げた夢を見ているのです。
 ある日、その娘が、親をだまして家出します。その上、出がけに薬品棚の瓶をひっくりかえし、薬が流れて混じり合い、大変なことになります。大事な家伝の秘薬を調べてみると、何と秘伝薬まで変容しているではありませんか。家業の薬屋にとって一大事です。
 しかし、娘を放っておけません。フジモト氏は、病をおして娘捜しの旅に出ます。そしてようやく、娘がある家で、バケツの中に監禁されているのを発見します。しかも娘は、「ここにいたい」なんていっているではありませんか。どうも、オムという新興宗教の家のようです。フジモト氏は、教祖らしき女に声を掛けようとするのですが、けんもほろろに扱われ、話を聞く間もあらばこそ、女はガキと娘を連れて車で行ってしまいます。悪いことに、娘は、オムのガキにいかれているのです。
 それでもフジモト氏は、ガキの隙をみて、何とか娘を取り戻し、田舎の家に連れ戻します。問いつめてみると、何と娘は、早やガキの手にかかり、元の身体ではなくなっているではありませんか。フジモト氏は娘を、とりあえず部屋に閉じこめますが、それも束の間、娘は大暴れに暴れて壁を壊し、店の薬もめちゃめちゃにして、再び家出します。しかも、どさくさ紛れに家伝の秘薬の調合書きを持ち出し、大嵐の中を無免許の車で高速道を突っ走ります。そして、教祖の女が、警官の制止線を突破して帰ったアジトで、娘はガキの胸に飛び込んでしまうのです。
 いよいよ困り果てたフジモト氏のところに、事件を聞いた妻も、営業の旅から急いで戻ってきます。話を聞いた妻は、静かに夫を説得します。そして二人は、オムに行って、教祖の女と話しをつける他ないと、連れだってオムのところに出かけてゆきます。
 ところが、ガキは、娘を連れて自家用遊覧船旅行。フジモト夫妻は、教団で待っているのですが、ガキも娘も何を考えているのだか。というより自分たちのことしか考えていません。それでも、すったもんだの末に、ようやく二人は親たちのところに帰ってきます。
 女教祖は、フジモト夫妻に余裕で対応します。そっちが娘を諦めて、こっちに引き渡すことを認めるなら、娘がもっている秘薬の調合書きは返すというのです。もちろん、ガキのことしか考えていない娘も、オムの信徒になると決めているから仕方ありません。フジモト夫妻には、娘を手放す以外に道はないのです。
 秘薬の調合書が戻って、家業は一安心ですが、フジモト夫妻の心配は娘のことです。今後はもう、オム信徒となった娘には会えなくなるのです。もちろん、娘は親のことなんか知らん顔で。ガキのことしか頭にありません。
 フジモト夫妻は、最後に、せめてと、ガキに確かめさせてもらいます。「うちの娘は、元はオムじゃない田舎の子だけど、それでもいいのですか?」、と。もちろん答えは決まっています。「ああ、いいよ」、とガキはそっけありません。娘にも、ひとこと聞きたいのですが、決まっている答えが怖ろしくて、フジモト氏は娘に声はかけられません。
 こうして、フジモト夫婦は、泣く泣く故郷に帰ることになりました。
 「娘がいいというんだから仕方ないよね」「それにしても、これきりでもう会えないというのに、私たちの方を見もしなかったわねえ」「私たちのつけた名前まで忘れて」「でも、あんなに若いのだし。いつまで続くのかしら」「いまはペットみたいに可愛がってくれてるけどねえ・・・」「でも、仕方ないわよねえ・・・」
 二人の背中に、信徒たちの御詠歌のようなものが聞こえてきます。ポーニョポニョポニョ田舎の子〜
 ・・・「フジモト家の不幸」、一巻の終わりであります。