白洲次郎という人(5)

 「お言葉を返すようですが、NHKなどでは、「筋を通した男」、「国益のために身を挺した男」などと、えらく賞賛されていますが」
 「ったく、どこに眼がついてるんだといいたいね。例えば、ここを読んでみなさい。ま、これはごく表面的にしか書いてはいないがね」
  *W=「次郎はケンブリッジ大学時代に築いた人脈を利用して様々な英国企業の個人エージェントを勤めており、ロンドンに設けた個人口座に成功報酬ベースでコミッションを振り込ませていた。そして時々英国に出張してはそのカネを引き下ろしては日本に密かに持ち帰っていた(次郎の「出張」の大半は外交官扱いなので、英国での稼ぎは外交官特権により合法的に持ち帰る事が可能であった。そして当時の為替レートからすると、英国で稼いだ金額を日本円に換算すると非常な価値があった)。戦後も彼は浮世離れした生活を営んでいたが、それを可能にしたのはこうしたカネの流れがあったからこそなのである」。
 「なんですか、これは。これじゃ、「身を挺して国益のために行動した」どころか、反対に、「国を利用して私益のために行動した」ですね」
 「だから、そういってるだろう。白洲ってのは、そういう男さ」
 「「侍がいた」っていう本かドラマかもあるそうですがねえ」
 「侍? 馬鹿なこといっちゃいかん。代官を利用して金儲けする「越後屋」の方さ」
 「えらくイメージが違いますねえ」
 「最近のイメージの方がきれい事過ぎるんだ。彼が生きとった頃のイメージは、「政界と利権で結ばれた富豪実業家」だったんだから」
  *W=「映画『夜の蝶』(1957年、大映、原作川口松太郎)の主人公、白沢一郎(山村聡が演じる、コロンビア大学卒の前国務大臣。イラン石油輸入権を持ち政界に多大な力を持つ富豪の実業家)のモデルは彼である」。  
 「山村聡さんかあ。いわゆる「政商」というイメージだったんですね。まあ、悪役の「越後屋」だったのかどうかまでは知りませんが」
 「ふん、大体君は、白洲が「政界のラスプーチン」といわれていたことを知っとるのかね」
 「ああ、そうだったらしいですね。でもNHKのドラマじゃ、『「政界のラスプーチン」とまでいわれながら敢然と国益のために闘った男』、ということになってるようですよ」
 「当時の悪評まで<賞賛>の材料に使うたあ、あきれたもんだね」
 「まあ、NHKのような大マスコミにとっては、イメージ転換なんて軽いものですがね」
 「実際、世間はコロっと騙されて、「そんな男がいたのか!」と大騒ぎしておるのは笑ってしまうな」
 「でも、そんな「闇の政商」だったとしたら、政界スキャンダルとかを追求されなかったんですか」
 「奴には何しろうなるほど金がある。しかも政界と裏で繋がっとる。当時は今以上に、政財界の闇には手が付けられなかった」
 「なるほど。まさに「闇の政商」「政界のラスプーチン」だったんですか」
 「少なくとも、私はそう見とる。というか、かつては、白洲次郎という男は、そう見られていたんだ」
 「う〜ん、「政界のラスプーチン」と、「筋を通したカッコいい男」と。一体どちらのイメージが正しいのか、よく分かりませんが」
 「そりゃ、歴史とか人間とかは、単純な筈がないんであってね。ある意味、どちらも正しいのさ。ところが最近は、極端に「カッコいい」と持ち上げる話ばかりだから、馬鹿いっちゃいかん、と反対の面を君に話したまでだよ」(続)