白洲次郎という人(9)

 ということで、いよいよというか、白洲賞賛の中心におかれている、占領期における言動になりますが、その前に、ちょっとここで、NHKのドラマについて、二つのサイトから引用しましょう。白洲といえば、余りにも一方的賞賛ばかりなので、「それにしても」と思って探したところ、NHK特番についての、二つのサイトを見つけました。
 ひとつは、『BPnet』2009年2月27日にあった、NHKドラマスペシャル「白洲次郎」チーフ・プロデューサー鈴木圭氏へのインタビュー記事です。聞き手は川口忠信氏。(→ここ


 白洲次郎」ドラマ化への道」
鈴木: 〜 今回のドラマの原案にもなってる北康利さんの本(『白洲次郎 占領を背負った男』)が出たときから、 〜 気になってたと思うんです。
  〜 あの例のジェームズ・ディーンのような、日本人離れした風貌で、非常にグッドルッキングな次郎像があった。多分、みんなあそこから入ったんだと思います。私もそうなんです。今からもう何十年も前にいた、「日本で初めてジーンズをはいた男」のビジュアル的なかっこ良さ。まず、そこから入るんです。

 ところが、本を読んでみると「内面のかっこ良さ」に行くんです。 〜 今の日本にはもういなくなった、まあ言ってみれば「サムライの原型」というか「侍の名残り」、そういう人がいたという感じでしょうか。
 川口: ドラマの最後に「このドラマは実話に基づいたフィクションです」というテロップが出ますが、この言葉の真意をお聞かせください。
 鈴木: フィクションといっても、僕らは事実じゃない白洲次郎を作ったわけじゃありません。 〜 踏まえるべき部分は徹底的に勉強した上で、さらにそこからもう一歩フィクションで踏み出して僕らなりに考えた白洲次郎像を作ってみましたという意味です。
 1年近く資料を集め、国会図書館に通い、資料を読み込み、次郎さんに生前会った人に会う。そんなことを繰り返す中で、でも、それでも分からないところが残る。分からない部分はもう作るしかない。その作るっていうときには、その事実に基づいて作っていくしかなかった、そういうフィクションなんです。



 「(みんな)そこから入るんです」といった<上から断定口調>が「NHK的」ですが、まあ論評はやめておきます。しかし、半世紀も前の思い出話の聞き取りを除くと、白洲に関する「資料」は非常に少なかった筈です。ということで、白洲という人は、専ら、回想されたエピソードで語られることになります。
 次に、もうひとつ、奇しくも同じ日に配信された『夕刊フジ』の記事です。ようやく、一方的なノーテンキ賞賛だけでない、<普通の>記事を見つけました。(→ここ



 白洲次郎」は面白いのか…「日本一の紳士」も謎多く」
 政治不信がはびこる日本で近年、人気を集めているのが吉田茂首相の側近だった白洲次郎だ。関連書籍のブームに加え、その生涯は、宝塚歌劇団が昨年ミュージカル化したのに続き、NHKでも初ドラマ化作品「白洲次郎」が28日からスタートする。ただ、次郎をめぐっては謎が多いのも事実。昭和の“闇”にドラマはどれだけ迫れるのか。
 〜 次郎関連の書籍は、1997年以降に出版されたもので20点を超える。
 英国仕込みの紳士道を「プリンシプル」と呼んで重んじた生き方、日本で初めてジーンズをはいた、GHQに「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめたといった逸話、ハンサムな風貌。それらの書物が伝えるのは、ほとんどが「日本一格好いい男」という次郎のイメージだ。
 昨年上演された宝塚歌劇団宙組の異色ミュージカル「黎明の風−侍ジェントルマン 白洲次郎」も、その人間像に沿い話題に。NHKのドラマではイケメン俳優、伊勢谷友介(32)が演じる。
 企画は約2年前からあったが、放送までの道のりは平坦ではなかった。
 遺族と粘り強く交渉してドラマ化の許可は得たものの、1次資料がほとんどない。次郎の生涯には謎が多く、台本作りは難航した。〜
 放送開始が決まり、関係者は胸をなで下ろしたようだが、気になるのは、「政界のラスプーチン」「政商」と一部では批判もあった次郎の実像をどう描くかだ。
 鈴木圭チーフプロデューサーは悩んだ末、「白洲次郎という大いなるフィクションを作ればいいんだ」とし、「『実像』を再現するドラマではなく、取材の中から魅力的な『虚像』を想像し、そこから次郎さんの『息吹』や『ダンディズム』の一端を感じ取ってもらえれば、それで大成功なんだ」という結論に達したという。



 結局、殆どの人が賞賛する「白洲次郎」とは、僅かな資料と回想話を材料にして造られた、「大いなるフィクション」であり「虚像」であるってことですね。そりゃ「カッコいい」に決まっていますよ。