「正当な」恐怖の下で




 福島応援ショップ出店断念=反対メール相次ぐ―福岡
 [時事通信:9月8日配信]
 原発事故の風評被害に苦しむ福島県の農家を支援しようと、福岡市西区に17日オープン予定だった「ふくしま応援ショップ」の出店が見送られることになった。企画した市民グループ「ふくしまショッププロジェクト」は8日、同市内で記者会見し、「出店に反対するメールが相次いだことが原因」と説明した。
 同グループによると、店舗は西区の商業施設「マリノアシティ福岡」の一画に常設店として設置し、震災前の原材料を使い(注:震災後の生鮮食品は使用せず)安全が確認されたジャムや乾麺など福島産の加工品を販売する計画だった。
 ところが、4日から市民グループ、商業施設に「福島のトラックが放射能をまき散らす」「危ないものを売るとはどういう了見か」「不買運動を起こす」などのメールが計15件程度寄せられた。7日には商業施設側から出店を見送るよう要請があり、開設を断念したという。 
 [毎日新聞:同]
 ショップへの出荷を予定していた JA福島女性部協議会前会長の会沢テルさん(70)は「残念です。やっぱり放射能はそれだけ怖いと思われているということなので仕方がない。また新しい場所でできるよう、いい知らせを待っています」と話した。

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 中断が長くなりました。その間訪れて頂いた方々にはお詫びいたします。しかしあの日以来、ブログ停止状態になっているのは、私だけではないようです。
 多くの命と生活を奪った地震津波。それでも、いまなお幾多の行方不明者を残して海は静かですが、原発は今なお、爆発の危険が去らず放射性物質を流出し汚染を拡散し続けています。
 「「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖におびえることになってしまったのでしょうか」(田上長崎市長「平和宣言」→ここ)。
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 政府は、あらゆる対策の基準となる年間被曝限度量を、従来の法規定を越えて一挙に20倍も緩くしてしまいました。「とんでもないこと。環境全体が福島原子力発電所の事故で放出された放射能で既に汚れてしまっているのですね」。「現在進行中の福島の、原発事故の本当の被害って、いったいどれだけになるんだろうかと私は考えてしまうと、途方に暮れます」。「もし現在の日本の法律を厳密に適応するなら、福島県全域といってもいい位の広大な土地を放棄しなければならなくなると思います」(小出裕章(京大子炉実験所)→動画)、→文章)。
 児玉龍彦(東大アイソトープ総合センター長)も、声を強めます。「私は満身の怒りを表明します」。「七万人の人が自宅を離れて彷徨っているときに、国会は一体何をやっているのですか」。
 一体何をやっているのですか。
 児玉氏は、跳ね返ってくるその声を自ら引き受けます。週末毎に、自費で汚染された福島県南相馬市に入り、放射線量が高い場所の土壌や刈り取った雑草を、ドラム缶に詰めて持ち帰っているとのこと(→動画→文章)。
 福島の子供たちを救え。
 政府や東電が、下請け作業員に危険を背負わせて「何をやっているのか」状態であっても、いろいろな団体や組織やまた個人の方々が、被爆者を救おう、子供を護ろう、汚染拡大を防ごうと、被災地に留まり、あるいは進んで被災地に入って、様々な救援、支援の手を懸命に差し伸べておられます。中には、「身を捨て、困難を引き受けるのが僧侶の務め」と、住民が削り取った汚染土を引き受けて寺の境内に積み上げている住職がいたりもします。
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 けれども、同様に汚染の怖ろしさを感じればこそ、とにかく逃げよう、とにかく遠ざかろう、という人々も少なくありません。というより、おそらくそれが、私たち多数者でしょう。
 「福島が危ない、福島の子供が危ない。といって私は何もできない。私はとにかく逃げたい。福島から遠くへ、できれば九州沖縄国外までも」。
 もちろん逃げるだけでは足りません。「汚染された福島の<物>は怖い。物が売れないと福島の人たちには死活問題だとは分かっているが、でも福島の物は怖い、食べられない買えない。福島だけじゃなく東北も北関東も、いや長野や静岡も、汚染の可能性がある物は何でもかでも」。
 それは「風評」だ、風評に荷担するな、と政府やマスコミはやっきです。被爆した子供たちは「ただちに治療の必要はない」。食品等も許容基準内のものしか出荷していないから「安全だ」、と。が、問題は、その「基準」です。
 被爆地の子供たちを救うために、事故直後から現地に入って調査されている放射線防護学の安斉育郎氏もいわれるように、「放射線には、これ以下なら健康被害はないという安全な値はなく、被爆はできるだけしない方がよい」。
 だが、「もし現在の日本の法律を厳密に適応するなら、福島県全域といってもいい位の広大な土地を放棄しなければならなくなる」し、農産物なども全品出荷停止にしなくてはならなくなる。そんなことになると政府負担が大変なことになるから、放射性物質の「許容基準」を引き上げよう。ということで政府は、暫定許容基準を、国際的および従来の国内的な基準より、はるかに緩く(→ここ)してしまったのでした。
 福島の農家の中にも自主検査で一桁厳しい値で出荷する団体もあるようですが(例えば→ここ)、毎日の買い物では、産地表示しかありませんので、「福島産や東北産のもの買わないに越したことはない」、と多くの人が思うのも無理ありません。
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 もちろん、政府御用達かつスポンサー電力会社に骨抜きのマスコミでは、生番組で、「東北や関東の食材、工業製品などはすべて「汚染された物」として取り扱わなければならない」(武田邦彦氏)とか、「福島の子供たちが給食で福島産野菜を食べさせられているのは問題だ」「基準値以下だというが、基準値ギリギリのものを食べさせなくてもいいじゃないか」(室井佑月氏)とかいうような発言があると、他の出演者が慌てて否定したりごまかしたりします。しかしもはや多くの視聴者は、そういったごまかしに騙されるほど単純ではありません。(注:[産経新聞 9月9日配信]〜 テレビの番組で、中部大の武田邦彦教授が東北地方の野菜や牛肉を「健康を害するから捨ててもらいたい」と発言した問題で、抗議のメールを送った勝部修・一関市長は9日、武田教授から〜返信メールがあったことを明らかにした。〜勝部市長は「(一部は)すっきりしないが、教授の考えは分かった。子供を守りたいという思いや、国が土壌を除染するべきだという考えは私も同じで、一定の理解はできる」とし、「これ以上の対応を教授に求めるつもりはない」と話した。
 かつて寺田寅彦が、「怖がらなさ過ぎたり、怖がり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がることはなかなかむつかしい」、と書いたとき、彼には科学と科学者への信頼感がありました。だがいま、「正当」を支えるべき「許容基準」が、医学上「どれ位なら避難すべきか」という専門科学者の科学的判断によってではなく、財政上「どれ位までなら避難させられるか」という政治家と御用科学者の政治的判断によって決め(緩め)られてしまう事態を前にして、「正当に怖がる」ことと「怖がりすぎる」ことの境目が見えなくなっています。
 少なくとも正当でなくはない不安と不信。
 ただ・・・・・そこには歯止めがありません。
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 福島から船橋の親類宅に避難した子供が、近所の公園に行ったところ、地元の子供たちが「放射線がうつる、わー」と逃げだしたため、結局両親は、地元小学校に転入学させることを諦め、一家は福島へ戻る他なかった、というニュースがありました。船橋市教委が学校に指導したというのですが、リンクしていた毎日新聞4月13日のページが消えてしまっていますので、こちらをお借りします→ここ)。子供だけではありません。東京に避難したパン職人が働く店に、「福島の人が作ったパンは怖い」、という苦情が来たというニュースも(→ここ)。
 例えばレイシズムというものが、深刻な生活不安、存在不安が、時にある人々にとらせる<防御=攻撃>行動であろうように、ここでも、限定のない恐怖と不安が、差別となり排除となって、福島の人々を襲います。
 もちろん、福島の物は食べないというような人も含めて、少なくとも気持ちとしては、できることがあれば福島を支援したいと思う人々の方が、はるかに多いに違いありません。タクシーの乗車拒否、アパートの受入れ拒否、病院での診察拒否といったことも実際に起こったようですが、それらは例外的な行動であると思いたいものです。しかし、例えば冒頭に掲げたニュースでも、「福島からのトラックが放射能をまき散らす」といった声が、本当に例外的な「不当な」「怖がりすぎ」に過ぎないのなら、「不買運動を起こす」というようなメールが効果をあげる筈はありません。
 「福島の子は怖い、わー」と逃げた子供は、普段から家で、「福島の食品も土も汚染されている。福島の物は怖いね・・・」といった両親の会話を聞いていたのでしょうし、そしてそれは、決して例外的な会話ではなく、私たちの日常会話になっています。
 湘南の海岸で子供と遊んでいて偶然海水を口に含んでしまい、海水に混じった放射能を飲んで体が汚染されたのではないか、それが人に知られたらどうしよう、と不安を抱いて頭痛や嘔吐で体調を崩してしまった主婦の方(→ここ)すら、一方的には笑えません。
 「怪しいお米セシウムさん」事件に対して、岩手県知事は「人の心の闇の奥深さを見せつけられた」といったとのこと。そのニュースをテレビで見ながら「心ない人もいるもんだねえ・・」といった私たちは、ことばを継いで、「ところでうちは米の買いだめ大丈夫? 今年の新米はセシウムが怖いからね」と、ごく日常的に会話したりしているのです。
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 この隘路は、どうしようもないのでしょうか。
 自分の子供を護り、自分を護ることは、結局は、福島を差別し、見捨てることなのでしょうか。
 失職覚悟で「脱」に奮闘されている<おしどりマコ・ケン>さんは、ある避難所で両親を亡くした上に被爆を避ける術もなく放置されていた子供に出会います。「この子を助けてください」と書きながら、マコさんはその子の名前を出しません。差別につながることをおそれるからですが、そこのところで、彼女は次のように書いておられます。
 その子は、「「南相馬の子に近づいたらダメ!」 と言われ続け差別を受けたとのこと。(それには、小さい子の親御さんは放射線被曝に、より神経質に気を使わなければいけない、という背景もあるのだろうが!)」(→ここ
 このような並記は、狭い知見ながら私は他に知りません。彼女は差別する「親御さん」を単純に非難するのではなく、<わが子>の被爆に気を使うという「正当」な怖れが<被災地の子供>を差別するという「不当」な行動となって現れるという、そのような事態を、そのような事態を招いた大きな力を、浮かび上がらせます。
 怖れ、遠ざかり、見捨てることで、これまで通りの自分の健康と自分の生活を、ただただ「護って」ゆこうとする私たちに対して、彼女はいいます。「被災地の子供たちを救えなければ自分を救えない」んだよ、と。
 彼女は、「脱」派の「傲慢」をも自戒的に指摘します。「とにかく脱原発!」と「原子力はクリーン!」とは、同じく「危険なことかもしれません。」「ひとの考えに簡単に乗っからないようにしないと。」
 彼女が強調するのは、とにかく自分で、自分が、<知ろう>とすることです。「学」や「学者」からの「脱」。これまでの自分からの「脱」。(→ここ
 「あのね、国は私たちを平気で見殺しにしてるよ? そして、それは震災前の私たちのせいなんだよ… 」。「結局あれだ、みんなが「脱震災前の自分」をするしかないんだよね」。