「大変な事故だったですねえ、お宅の会社のタンクローリーが、ビルに突っ込んで、爆発炎上。他のビルにも延焼して・・
「いやあ参った参った。想定外の事故で、大変だよ。
「でも、あんな大事故にもかかわらず、人的被害がなかったのは不幸中の幸いですね。
「いや、ここだけの話。ほんとのところは分からないんだけどね。
「えっ? そうなんですか。
「タンクローリーに積んでいたのが特殊な薬品でね。爆発して燃え上がったとき煙を吸ってるわけよ。いますぐには何でもなくても、特に子どもなんか、ずっと先に発病するかもしれない。
「それは大変じゃないですか。
「ま、その時はその時。というより、その頃になると、原因の特定なんてできやしないし。
「それは無責任でしょう。ま、将来のことより、とにかく先ず、店舗も住居も全壊全焼してしまった人たちの生活を立て直すことが先決でしょうけどね。責任をもって復旧するということになると、おたくも大変でしょうけど。
「バックの銀行が、うちは倒産させないっていってるし。それに営業再開も近々許可が下りるからね。まあ適当にやれば、うちの方は数年で元通りになるだろう。事故の時はどうなるかと思ったけど、ひと安心だね。
「いや、おたくのことより、問題は被害者の方々ですよ。損害賠償の方は進んでるのですか。
「けっこう額が大きいからね。面倒は面倒だったけど。それでも、うちの弁護士に作らせた賠償の書類ができ上ったんで、あとは被害者が申請書に記入してくれれば、それで一件落着ってことなんだ。
「あとは書類の問題なんですか。案外早く話し合いがまとまったんですね。
「話し合い? そんなものしてないよ。こっちで作った申請書に記入してもらうんだよ。
「そんな一方的なことでいいんですか。そりゃ納得してもらえないでしょう。
「するもしないも、それしかないんだから。先方も長引けば困るだろうし。
「確かに、店も住居もなくなったんですから、できるだけ早く賠償はしてほしいでしょうけどね。もう既に、仮払い金で復旧に着手している人もいるんでしょうけど。
「仮払い? そんなもの必要ないよ。申請して手続きしてくれれば、すぐ払うんだから。
「まあ、やり方がどうであれ、早く元通りの店が開店できて、住む家も元通りになればいいわけですけど。
「いや、元通りにはならないだろ。全額は出さないから。
「え〜っ? それはないでしょう。突っ込んで爆発炎上したお宅のタンクローリーに、100%責任があるんですから。
「そういうけどね。あの雨風でスリップしたのは想定外だよ。
「想定外かどうかっていうより、ともかく被害者の方々には落ち度がゼロでしょう。
「しかしね。何しろあの雨風だから、うちのタンクローリーが突っ込まなくても、他の車がスリップして突っ込んだかもしれない。雷が落ちて火災になっていたかもしれない。被害はいくらでも考えられる。10年ほど前の台風の時に、あちこちのビルで大被害が出たことを覚えてるだろ。
「それは覚えてますけど。
「そういうのを、こちらで全部計算してだね。うちのタンクローリーが突っ込まなくても、暴風雨関連で相当被害があった筈だということで、賠償額から20%引くことにした。だから損害の全額は出ない。うちが出さないんだ。
「そんな無茶な。そんなことじゃ納得してもらえないでしょう。
「納得しなければ、訴訟でも起こすかね? そうなれば、ずっと先まで賠償金を手にできないよ。とにかく、申請書にサインしてもらって一件落着ってことなんだよ。
「そんなやり方じゃ、苦情が来ますよ。
「苦情? ま、多少はゴネるのもいるかもしれないけどね。申請書の書き方が分からないとか、領収書がないとか、細かいこといってくる連中がいるのは想定内。窓口を作ったから、あとは担当部署と弁護士が処理するだろ。