漱石 1911年の頃 33:意識と波3

 核兵器絶対不使用を消した政府は、アジアへの反省を消し、不戦の誓いも消しました。しかし、問題は、そんな政府への支持が高いことです。多くの人が、「あの国やこの国はけしからん。そんなことなら、また戦争してやろうじゃないか。少なくとも、またやるぞという強い態度に出るべきだ」、という思いを強めているということでしょうか。
 昔からあり、最近もまたいわれる理屈があります。「殺したくて殺すのではない。侵略したくて侵略するのではない。天皇のためにではもちろんない。しかし、愛する者や美しい郷土を守るために、命をかけて・・・」、というのがそれです。もちろん、殺し合いに参加する他ない状況や、自らの死を何とか意味づけようとする他ない状況に追い込まれ、苦悩の挙げ句に絞り出した理屈であったとしても、ともかくそう思いなして、そして何をしたかというと、殺したり焼いたり奪ったりという三光であり(もちろん殺した相手にも愛する者がいて、焼いた土地も彼にとっての美しい郷土であったことは無視しています)、あるいは殺人戦闘機の設計です。観ていませんが(^o^)。
 郷土とはどこの場所をいうのか知りませんが、郷土愛というのは、「どこかは知らないが、とにかくほんの片隅であろうと、一歩でも足を入れるなら撃つぞ、そっちが撃ち返すなら、爆弾落とすぞ」、ということでしょうか。
 私はそんな郷土愛など持ち合わせていませんから、悪しからずご了承おき下さい。私の会社の工場がある町の人達は、「郷土の企業」などといっているようですが、申し訳ないことながら、実は来年あたり、閉鎖して海外へ拠点を移す予定なんですわ。企業にとっては、儲かるところがわが郷土。もっと危なくなったら、本社機能も移し、私個人も、海外に家をもっていますから、いざという時は移住して、何なら国籍も移します。私だけじゃない。グローバル時代を生きる国際人ってのは、みんなそうですよ。
 まあしかし、自分の所有する土地など1平米もない人までが、「たとえ命をかけてでも郷土を守るぞ」なんていい始めているというのは、私などには理解できませんが、ありがたいことですな。そういう時代風潮だから、僅かな金しか稼いでない人でも、自分たちのような低所得者向けの福祉予算を減らして国防だ最新兵器だという方に巨額の予算をつけても、文句をいわずに賛成し、軍需産業に金がまわって、つまりはウチなども儲かる、と、そういう寸法ですわ。
 ・・・・・そういう時代に、こんなものを続けているのもねえ。というより、だんだん面倒くさくなってきました。
 何度も書いているように、私は漱石の研究者ではありませんので、例えば「漱石の<開化>観」といったものについても、例の講演を一時の<ネタ>にしているだけで、それを越えて、漱石の作品全般に通暁した広い視野から口出しすることなどはできませんし、したつもりもありません。
 例えば、これまで見てきたように、西洋の開化と日本のそれとの関係について、「三四郎」(08)や「現代日本の開化」(11)から構成できるのは、こんな調子の会話です。
 (A) 「どうも西洋人は美しいですね」。「その上、體力腦力共に吾等よりも旺盛です」。「それにひきかえ、日本人はお互いは哀れだなあ」。「こんな顔をして、こんなに弱っていては、だめですね」。「西洋の開化は行雲流水の如く自然に働いている」。「ところが我々の方は、富士山よりほかに自慢するものは何もない」。「全てが借り物です」。「だから、上滑りの外発的開化を涙を呑んで上滑りに滑つて行かなければならない」。「どうも日本人は気の毒と言わんか憐れと言わんか、誠に言語道断の窮状に陥っています」。「どこか空虚の感があり、どこかに不滿と不安の念を懷いている」。「神經衰弱に罹つて、氣息奄々として今や路傍に呻吟しつゝある」。「こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね」。「日本の将来というものについて、どうしても悲観したくなる」。「滅びるね」。
 しかし一方、同時期の「我が輩は猫である」(05-06)と「行人」(12-13)から、こういう会話も引用構成できます。
 (B) 「吾人は自由を欲して自由を得た。自由を得た結果不自由を感じて困っている。それだから西洋の文明などはちょっといいようでもつまり駄目なものさ。これに反して東洋じゃ昔しから心の修行をした。その方が正しいのさ。見給え個性発展の結果みんな神経衰弱を起して、始末がつかなくなった時、王者の民蕩々たりと云う句の価値を始めて発見するから。無為にして化すと云う語の馬鹿に出来ない事を悟るから」。「しかし悟ったってその時はもうしようがない。アルコール中毒に罹って、ああ酒を飲まなければよかったと考えるようなものさ」。「お前の云う通りだ。今の日本の社会は――ことによったら西洋もそうかも知れないけれども――皆な上滑りの御上手ものだけが存在し得るように出来上がっているんだから仕方がない」。「確かに開化そのものが問題だ」。「人間の不安は科学の発展から来る。進んで止まる事を知らない科学は、かつて我々に止まる事を許してくれた事がない。徒歩から俥、俥から馬車、馬車から汽車、汽車から自動車、それから航空船、それから飛行機と、どこまで行っても休ませてくれない。どこまで伴れて行かれるか分らない。実に恐ろしい」。「とにかくこの勢で文明が進んで行った日にや僕は生きてるのはいやだ」。「遠慮はいらないから死ぬさ」。「死ぬのはなおいやだ」。
 ということで、漱石には、「自然で内発的な」西洋の開化を基準にして「日本の開化」を問題にする視点(A)だけではなく、むしろ西洋も含めた「開化」そのものが問題らしいという視点(B)があるのでしょう。だが、これ以上は立ち入りません。
 いずれにしても、「現代日本の開化」という和歌山講演は、流石に漱石と思わせる、それなりの講演ではありますが、関西講演全体の中に置いてみると、他の講演の影が薄くなるほど、突出して独自な重要講演であったというのは憚られます。やはり作家漱石の主な関心事は、現代日本の開化への文明批評というよりは、そのような慌ただしい開化の時代に、作家は何を書き、どう生きるべきか、という問題にあったのでしょう。
 けれども、そういうと、それはまたそれで、「文学論」や「文芸の哲学的基礎」なども取り上げ、また何より小説作品そのものを深く読んでゆくことを要求されます。が、それはやめましょう。
 ただ最後に、あとひとつだけ、これまで保留していたことに関連ある、下世話な話をして、終わることにしたいと思います。(続く)